美味しいしあわせ

くつろぎのひと時のお料理やお菓子とお酒 季節の花と緑

牛タンのシチュー 第四話


f:id:habbule-no-neko:20240406205936j:image
それにしても出される料理もさることながら盛り付ける器もなかなか趣味がいい

高級クラブでホステスをしていたとはいえそれだけではない何か素性の趣味の良さが店構えからも感じられる

一体なぜこの無垢な女があんな場所で働いていたのだろう

「よろしければ次のお料理は牛タンのシチューなんていかがかしら」

うちのお店の看板メニューですのよ

そう言って勧めるので ではそれをとお願いした

「割烹風なのに洋食とは珍しいね」

と聞くと実はと憂いを含んだ優しい顔で話し始めた

亡くなった主人の実家は洋食屋を営んでおりまして主人は小さい頃から料理が好きでよく店を手伝っていたようなんです

牛タンのシチューは実家のお店の看板メニューで 評判が良かったので私たちのお店でも出すようになって

亡くなった日も少し離れたお肉屋さんに仕入れに向かって その途中で事故にあってしまいましてね。。

それは残念でしたねと 彼の死の真相を知り素直に淋しい思いがした

えぇ本当に お店もやめてしまおうかとも思ったんですが私にはお料理くらいしか取り柄もなくて常連さんもやめないでくれとおっしゃるもんで何とか今まで頑張って来ましたの

けれどなにぶん一人なもので行き届かないこともありましてね 今日もバタバタしてしまって

とすまなさそうに詫びる姿がいじらしい

この儚げなところも常連たちに何とかしてやりたいと贔屓にされる理由の一つなのだろう

ところで女将さんお料理はどこで勉強されたんですか

気やすく身の上話を聞かせてくれたもので つい不躾に聞いてしまった

どの料理も大層美味いのでと慌ててつけ足して褒めると まぁと照れながら彼女の生い立ちを話してくれた

私の実家は昔武家の没落貴族でして祖父の代にはかなりの家屋敷や財産があったんですが小豆相場で全部なくしてしまいそのまま祖父は他界してしまいましたの

私の父はまるでお金に無頓着だったもので変わらぬ暮らしぶりにみるみる家屋敷が抵当に入り借金を抱えるようになりましてね

そこからあれよあれよと母が心労で亡くなり

父は妾と家出してしまって

残された私はそれはもう生きるのに必死でお恥ずかしいような仕事もして働きましたの

そんな頃に主人と行きつけの定食屋で出会って付き合うようになりましてね

私に結婚しようと言ってくれたんですが主人のご両親には私の実家のことや当時の私のお仕事がしれてしまってそれはもう猛反対で

主人は当時あと少しで大学を卒業するという頃だったんですけれどとうとう駆け落ちしてそれで二人で大阪にやって来て小料理屋を始めたんです

主人はもともと実家をよく手伝っていたらしく料理が得意で

私も昔まだ家が裕福だった頃には家に専属の料理人がおりましてね

私たちのお食事を作ってくれておりましたのを傍らで見るのが大層好きだったものですから料理もその時その料理人から教えてもらったのがこうして店をしていられることに繫がったようなことで

あの時はまさかこんな風に生業になるとは想像もしておりませんでしたけれどもね

と美しい顔であっけらかんと笑ってみせた

それまでの暮しらしとは全く違う人生となったことを恨むでもなくおおらかに受け入れている肝のすわった人柄は案外育ちの良い遺伝子のせいなのかもしれない

先祖代々そうやって時代に翻弄されながらもタフに生き抜く強さが本能的に備わっているのだろう

見かけの儚げな美しさとは裏腹な妙な安心感のある所が田宮の目にも止まったのかもしれない

f:id:habbule-no-neko:20240406210002j:image

☆レシピ☆

「牛タンのシチュー」

(材料)

牛タン一本 今回は650gでした

人参 1本

玉葱 1個

セロリ 1本

ニンニク 3個

トマト缶 120g(1/2缶にあたる量)

ローリエ 1枚

太葱 10cm

デミグラスソース缶 2つ

(ハインツのもの一缶290gを2つ使いました)

塩 小1/2

コンソメ顆粒 大1

赤ワイン 300cc

ケチャップ 150g

水 600cc

ラニュー糖 大3

長時間煮込むので使うお鍋は焦げ付きにくいものを使用して下さい

(作り方)

・お茶パックの不織布の袋にローリエと白ネギを5センチに切ったものをいれる

・人参 玉葱 セロリは2センチ角 ニンニクは半割りにする

・牛タンを小さなステーキサイズにカットする

・赤ワインを小鍋に入れて斜めにして底にトロリとまとわりつくようになるまで煮詰めるf:id:habbule-no-neko:20240407071149j:image

・ここまで煮詰まればケチャップを入れて混ぜ続け香りをかいで酸味が感じられなくなるまで混ぜ続ける

ドロリとしたペーストになります

f:id:habbule-no-neko:20240405214844j:image
・その鍋に水600ccを少しづつ入れて溶かしておく

・牛タンに塩適量(分量外)をする

・煮込む用の大きな鍋に油をひいて肉を入れすべての面に焼き色をつけて取り出しておく

・焦げ目の残る鍋に油を足して人参 玉葱 セロリ ニンニクを入れて水少々(分量外)も入れて底の香ばしい焦げ目をこそいで野菜に移す

・中火弱で5分ほど炒めて野菜の甘さが出てきたらカットトマトを入れて酸味を飛ばすように炒める

・香りをかいで酸味が飛んだらデミグラスソース缶とコンソメ顆粒 塩を入れ赤ワインとケチャップをペーストにしたのを溶かしたスープも入れる

・焼いておいたお肉を鍋に入れローリエとネギを入れた袋も入れて蓋をして煮込む

・沸騰したら少し火を弱めて時々蓋をあけてしばらくアクをとる

・ある程度アクがでなくなれば火を弱めて蓋をして別の鍋でキャラメルソースをつくる

・小鍋にグラニュー糖と砂糖がしめる程度の水少々(分量外)を入れて火にかけ泡が立ちしばらくしてキャラメル色がついてきたら火から離す 

自然に加熱が進んでキャラメル色が濃くなるまで待ち いい色になれば煮込んでいるお鍋にあける

※キャラメル色が黒くなれば行き過ぎ 薄い黄色だと足りない適度な色に仕上げて下さい

※鍋に入れるとジュウッと少しはねます

気を付けて入れてください

・すべて混ぜ合わせて後は2時間煮込みます

火加減は少しクツクツさせた弱火

時々蓋をあけて鍋底が焦げ付いていないか かき混ぜて確認して下さい

万が一水分が減りすぎてお肉が随分と飛び出しているくらいになってしまったらコンソメスープを足して水分量を調整して下さい

・終盤味見をして足りなければ塩などで調整して下さい

・煮込み終わればお肉とローリエと長ネギを入れていた袋を取り出す

・大きなボウルにザルをセットし野菜をヘラで潰しながらスープを濾す 

多少繊維は残ります 残ったものは捨てて下さい

・スープを鍋に戻しお肉も戻して再び火にかけ煮立ったら火を止めて一晩おく

保存は冷めたら必ず冷蔵庫に入れてください

・次の日温めて再度味見をして味を決める

お肉は固く見えますが温め直すと柔らかくなります

ソースの味さえ決まればあとは器にうつしてレンジで温め直すほうが肉もソースも熱々で提供できると思います

柔らかいお肉をコクのあるデミグラスソースと一緒にボナペティ!

f:id:habbule-no-neko:20240406210020j:image

いつの間にか呑み終えた日本酒の代わりに牛タンのシチューに合わせてほどよいグラスに深い赤色をしたワインがつがれて出てきた

シチューによく合いますの

深みのあるワインと共にシチューを味わいながら 全ての謎を二十年ぶりに知れたことに何か田宮との不思議な縁を感じた

命日だって言ってたな

それほど自分のなかに記憶もないかつてのゼミの仲間に今日ここに自然と足を向けられたような そんな心持ちがして何やら妙な思いがした

牛タンのシチューを食べ終わり皿を引こうとした女将に実は といいかけて田宮との妙な縁を話そうとした時

ガラリと店の戸が開いて大柄の紳士がこんばんはと入ってきた

女将はアッと少し驚いて頬を赤く染めたが すぐ何気ない素振りであら先生今日も来てくださいましたのね まぁまぁ雨の中ありがとうございますどうぞこちらへとカウンターの隅の席に案内した

席を用意する素振りで女将はさりげなく田宮の写真をカウンターのなかにしまった

先生と呼ばれた男は50代半ば頃か

決して男前とはいえないが真面目な風貌が意思の強さを伺わせる

近くにある病院の名前が貼られた携帯を脇に置いてチラリと着信がないか確認したところをみるとその病院の医師らしい

恋には慣れていなさそうな実直さがいい歳をした男には不似合いながらも 直感で女将に気がありそうなことはその真面目さからかえって正直に感じられる

今日は一応帰れるはずなんだけどね

申し訳ないけれどお茶でよろしく

そう言うと女将はいつものことなのだろうわかりましたとうっすら華やいだ頬で氷を入れた烏龍茶を運んできた

間がもたないのかその大柄な紳士は同じカウンターに座る私に話しかけてきた

こんな湿った日に灯りのついてない部屋に一人帰るのはなんだか淋しくてねぇ

ついこの店の戸をふらっとくぐってしまうんですよ

と照れ隠しの笑顔で話しかけてきた

「私もそうなんです」と話を合わせたがその紳士の指に結婚指輪がないのをみると独身なのだろう

何になさいますかと聞く女将

任せますという彼もどこか初々しい

二人の姿はどこか青い春を感じさせた

新しい恋が始まろうとしているのだろう

それで今日自分はここに田宮に連れてこられたのかもしれないな

そう思ったりもしたが

私が田宮の代わりに何かしてやれることは何もない

そう思えるほどその男は女将に申し分のない相手に思えた

田宮よ 俺に何かを言わせたかったのかもしれないが 俺がとやかくいうことは何もない

悪いがお前の舌はとっくに食べちまったしな

そう考えて言いかけた話をやめ最後のワインを飲み干した

勝手にカウンターに相席していることに気まずさを感じ 女将さんにご馳走さまでしたと勘定を促した

急な献立の終わりに女将は少し驚いて

最後にご飯ものか何かよろしいですの?

と聞いてくれた

あぁ家に帰ると家内の漬けた古漬けがあるもので帰って茶漬けを食って寝ますよと笑って勘定を済ませ店を出た

戸口を開けて見送る彼女に旨かったおやすみなさいと言い残して夜道を歩きだす

いつの間にか雨は止んで空には星が出ていた

はやけにキラキラとして揺れるように輝いている

帰ったら本当に家内の漬けた古漬けで茶漬けにしよう

発酵食品は体にいいから必ず食べてねと

月に一度東京から大阪への帰り際漬けたのを持たしてくれる

次 東京に戻ったら二人で久しぶりに食事にでも行くか

空の星はいつまでも揺れてキラキラと輝きを放っていた

                  了