美味しいしあわせ

旅 特別な体験 季節のお料理やお菓子

エンドウ豆の翡翠煮

f:id:habbule-no-neko:20260602180834j:image

翡翠煮とは

美しい旬の豆色をビジューの翡翠になぞらえ名付けたお料理。

あっさりしたほの甘いお出汁の味で

なりたての豆を楽しみます。

初物の清らかな豆から次第に豆らしい青さへ

日々変わりゆく豆そのものの味わいを楽しむ料理法です。

その翠(みどり)を翡翠煮と名付けた当時の料理人のセンスが光ります。

翡翠といえば緑色のものを想像しますが

実は7色以上(文献により差がある)もあるらしく中には紅紫色ものや黒っぽいものもあるそうです。

日本では翡翠の産地として新潟県糸魚川市(いといがわ)のヒスイ海岸が有名で、このあたりはユネスコが支援する団体から「世界ジオパーク」に認定されています。

宝石にはいくつか石のポテンシャルをあらわす指標がありますが、なかでも「モース硬度」では石の「傷つきにくさ」を示します。

もちろん世界で一番硬いのは「ダイヤモンド」

けれど、ダイヤモンドはある特定の角度から衝撃を加えると案外割れてしまいます。

それに比べて翡翠は、モース硬度はそこまで高くないのだけれど、その組成が細かな結晶の集まりなことから割れにくく、それを「靭性(じんせい)」が高いと言ったりします。

靭性が高い翡翠は石器時代において重宝されヨーロッパでは翡翠の石斧が出土したりしているそうです。

もし、湖の女神様に

「あなたが落としたのは金の斧ですかそれとも銀の斧ですか?」

と聞かれることがあれば迷わず

「はい!翡翠で出来た緑のおっきいやつ!」

と答えることにします。

女神様も

「え〜、ちょっと待ってね。なんか倉庫の奥深くで見たような。。」と探してくれるかもしれません。笑

さて、

翡翠は地球の奥深くで作られます。

そういえば地球の中身ってどんなことになっているのでしょうか。

私の中ではなんとなくマグマのさらにドロっとしたのがアツアツで対流してるイメージ。。。

調べてみると、意外な姿が見えてきました。実際には誰も見たことないので不明とのことですが、最新の技術や地球から分かれて出来たとされている月の石の成分などを解析すると、分かってきたところもあるようです。

まず、地球は一番中心から

地核(コア)→マントル→地殻(表面)

となっており、マントル部が地球体積の約8割を占めています。

このマントル実は硬い岩石なんですって!

地球内部は1300度を超える超高温でマントル最深部では3700度にもなるそうなのですが、超高圧のため岩も溶けずに岩石のままゆっくり変形しながら対流しているそうです。

翡翠が作られる上部マントルは主にカンラン石で出来ており、そのなかでも一握りの美しい結晶をペリドットといいそれが宝石の材料になります。

翡翠は地下30キロのあたり、低温高圧環境の場所で水分を含んだ冷たい海洋プレートが、高温の大陸プレートに沈み込むことで化学反応を起こし作られます。

純粋な翡翠は無色(光の乱反射で白にみえる)なのですが、

鉄分やマンガンなど不純物が混ざり込むことで色が変化します。

綺麗な緑色になるにはクロムや鉄などが必要

新潟県糸魚川のヒスイ海岸では私たちも普通に行ける海岸で翡翠が採れることで有名で、ここで採れる翡翠は縄文時代から装飾などに使われており世界でも最古級の歴史があります。

このヒスイ海岸に翡翠がたくさんあるのは、たくさんの奇跡の重なりから。

まず、地下深くで作られた翡翠はゆっくり地表に上がるとさらに変化して途中で普通の石に変わってしまいます。

翡翠に変化した状態のまま地表に上がるのは至難の技。

ですが、ここでは翡翠のまわりを蛇紋岩という柔らかい岩が包み、ラッピングされたまま地殻変動で地表に急上昇。

地表に出た所を川から流れ落ち、柔らかい蛇紋岩が砕け、中から翡翠が転がり落ちます。

しかし、普通は海に流れ出ると砂に埋まってまた沈んでいくのですが、このヒスイ海岸は海の中がすぐ深い崖になっており、軽い砂は海深く落ち、重い翡翠は海岸に打ち寄せられ、さらに波に洗われこすれ合うことで自然に磨かれ天然の美しい翡翠がすぐそこで拾える、ということになっているそう!

これは、もう天然の「宝石箱や〜!」

という食レポ彦摩呂さんの声が聞こえてきそうです笑

そんな奇跡の石、翡翠は日本の「国石」。

気高く美しい緑色を活かした

エンドウ豆の翡翠煮。

若い緑の豆らしい風味を甘みをつけたお出汁で優しくまとめた一品。

この季節ならではの美味しさです。

「エンドウ豆の翡翠煮」

(材料)

エンドウ豆適量

〈つけ汁〉

お出汁 400cc 

酒 50cc

味醂 30cc

砂糖 大1

塩 少々

(作り方)

・つけ汁の材料をすべて合わせて火にかける

沸騰させるとお出汁の風味が飛ぶので優しく温めて砂糖塩がとければ火を止める。

・エンドウ豆を皮から取り出し洗い、塩少々の水で茹でる。アクが出たら取り除く。

・3分ほど茹でザルにあけ、水気を切ってつけ汁に漬ける。(鮮度で茹で時間が変わります。味見をしてまだならあと2、3分茹でて下さい)

・2〜3時間冷蔵庫でつけたら召し上がれ。

ピニャ・コラーダ

f:id:habbule-no-neko:20260310225311j:image

「ピニャ・コラーダ」

裏漉ししたパイナップルの意。

甘くて美味しい、南国の

パイナップルとココナツミルクを合わせ

これまた南国の

開放感を感じさせるラム酒をいれると

ピニャコラーダとなります。

似たカクテルで

「チチ」というのがありますが、

こちらはウォッカで作ります。

チチは女性用ブラウスの胸元のフリル

「シシ (chichi)」から転じて

「粋な」という意味。

ウォッカを入れずに作ると

「バージン・チチ」となります。

ラムなしで「バージン・ピニャコラーダ」と

は言いません。

この「バージン・チチ」。

我が家では子ども達の大好物で、

ベランダで焼き肉パーティーをする時は

必ずリクエストされます。

開放感ある外での食事に

「チチ」はピッタリの飲み物。

子ども達も成人し、今では二人とも

ラムやウォッカを入れて楽しんでいます

楽しみ方は、こんな感じ。f:id:habbule-no-neko:20260310225336j:image

大きなピッチャーにバージンチチを用意し、

アルコールなしならそのまま注ぎます。

呑みたい人はグラスに氷を入れ、そこに

バージンチチとラムやウォッカを垂らします

本来はシェイカーで冷やして作るカクテルも

こうすれば気軽に楽しめます。

ただし飲み過ぎには注意

あとで結構効きます。笑

ピニャ・コラーダを作るのに

今回は、以前行った沖縄旅で知った

伊江島産のラム酒を使いました。

(冷凍庫でキンキンに冷やしてあるラム酒)↓

f:id:habbule-no-neko:20251010211233j:image

ラム酒といえばキューバ、ジャマイカなど

カリブ海周辺が有名です。

なぜなら、ラム酒の原料はサトウキビで

暑い国が製造に向いているから。

日本でも

サトウキビ生産で有名な県がありますよね

そう!沖縄県。

沖縄では、古くからサトウキビを使った

蒸留酒が作られていました。

今では

鹿児島 高知でもラム酒の製造が行われ

日本のサトウキビ生産の北限、静岡でも

ラム酒作りが行われています。

 

基本的なラム酒の製造過程は次の通り。

サトウキビの茎から採れる絞り汁を使い

「発酵・蒸留・熟成」を経て出来上がり。

 

熟成させる期間によってラム酒の色が変わりそれぞれ名前も変わります

「ホワイトラム」

熟成させないもの

もしくは一年以上熟成したものを活性炭濾過して無色透明にしたもの。

「ゴールドラム」

オーク樽などで三年未満、熟成させたもの

「ダークラム」

オーク樽などで三年以上、熟成させたもの

 

ラム酒は大変アルコール度数の高いお酒で

飲み過ぎると大騒ぎになりがちですよね。

実はそれが「RUM(ラム)」の語源で

17世紀頃、イギリス人によってラム酒製造をさせられていたバルバドス人。

「蒸留酒を呑んだバルバドス島原住民が酔って騒いでいる様子を見たイギリス人が 「rumbullion」

(イギリス デボンシャーの方言で興奮)と表現し、その語頭を取った。」(諸説あり)wikipediaより とのこと。

余談ですが

↑のデボンシャーとはイギリスの左に出っ張ってるコーンウォール半島の地域

地質時代区分「デボン紀」

(4億0800万年前〜3億6300万年前)を指す時代区分名の由来になった土地です。

 

デボンシャーのイギリス「紳士」は、

仲間たちとなりふり構わず楽しそうに騒ぐ人々を見て

「rumbullion!!(興奮してる!)」

と言いながらも

ちょっとだけ羨ましく思ったんじゃないかしらと思うんだけど、どうかしら。

f:id:habbule-no-neko:20260310225359j:image

☆レシピ☆

「ピニャ・コラーダ」

(材料)

ココナッツミルク 400g

パイナップルジュース 600cc

シロップ 4個

ラム酒 お好みで。
(作り方)パーティーバージョン

・冷凍庫にたっぷり氷を用意しておく。

・大きなピッチャーにココナツミルクとパイナップルジュース、シロップを入れかき混ぜておく。

・グラスに氷を入れ、ピッチャーの液体をかき混ぜてから注ぎ、ラム酒を適量入れてかき混ぜ出来上がり。

 

飲み過ぎてうっかり大騒ぎして

「ウルサイ!」と怒られたら

「俺たちが飲んでるのはラムなんだ。興奮するのは当たり前さ」

とラムの語源を説明して差し上げて下さい。

きっと怒られます。笑
f:id:habbule-no-neko:20251118160321j:image
ちなみに、伊江島ラムの話で出てきた沖縄旅

その時の旅ブログはこちら

よければお楽しみ下さいませ。

沖縄旅行 Day1・2 台風と名護観光 - 美味しいしあわせ

沖縄旅行 Day3・4 アットホームなホテルステイ - 美味しいしあわせ

沖縄旅行 Day5 那覇観光 ゆいレール乗り放題 - 美味しいしあわせ

沖縄旅行 Day6 波上宮 福州園 やちむん通り - 美味しいしあわせ

JR大人の休日倶楽部パス 東北旅 7日目静岡→しきじ→大阪

f:id:habbule-no-neko:20260407111007j:image

旅も最終日!

最後はお茶のまち、プラモニュメントのまち静岡県です。

f:id:habbule-no-neko:20260407111032j:image

プラモニュメントってナニ?

と思われた方は、是非前回の旅ブログもお読み頂ければと思いますが

ざっくり言うと静岡のあちこちに設置されているプラモデルの巨大ランナーです。

ランナーとは枠で繋がれた組み立てキット。静岡にはタミヤとバンダイというプラモデル総本山があり、県の推しになっています。

静岡県を訪れるのは旅の予定になかったのでノーリサーチですが目標は、

なるべく多くプラモニュメントを探すこと!

まずは一つ目、

お城にあるプラモニュメントを探しがてら、早朝朝ごはんを食べにお散歩に出かけました

f:id:habbule-no-neko:20260401155340j:image

朝食は旅先で便利なコメダコーヒーの予定

お城からすぐの場所にあるようです。

が、

先にお城を散策してマンホールなどから静岡を学んでおきたいと思います。

f:id:habbule-no-neko:20260401155344j:image

歩道にはこんなマーク。

「東海道」はご存知の通り江戸と京都を結び

参勤交代 物流 旅人が通った道です。

道中は長く、大きな山や川で閉ざされた地域にはそれぞれの文化があり何より日本が誇る

美しい山「富士山」があります。

この道は多くの物語や絵画を生み出しました

葛飾北斎 「冨嶽三十六景」

歌川広重 「東海道五拾三次」

十返舎一九 「東海道中膝栗毛」などなど。

f:id:habbule-no-neko:20260416181318j:image

f:id:habbule-no-neko:20260406115152j:image

今はJRの東海道新幹線がこの道をつなぎ

新たな物語を生み出しています。

ところで、今から見に行く駿府城は

かの徳川家康のお城。

静岡といえば徳川家康です。

彼は、三河国(愛知県)で生まれましたが

今川義元の人質となっていた幼少期

そして青壮年期 晩年を駿河国(静岡県)で過ごしました。

彼の興した江戸幕府は、以降

約260年にわたり太平の世をつなぎました。

彼の始めた「天下普請」は湿地だらけの江戸の町を一大都市に造り上げ 

現在の東京の発展の「礎」となり、現代にも大きな影響を及ぼした人物と言えます

f:id:habbule-no-neko:20260401155343j:image

そんな徳川家の家紋は「三つ葉葵」。

静岡市の花はそれに因みマンホールに描かれているように「タチアオイ」となっています

2つは植物分類学では別の「科」ですが

「アオイ」繋がりで花が美しい「立葵」が、「市の花」に選ばれました

ここからはしばらくフタ紹介。

静岡は素敵なフタ天国です!

f:id:habbule-no-neko:20260401155347j:image

こちらは「大御所家康公顕彰400年」消火栓

家康が祀られている久能山東照宮

ユネスコ世界文化遺産の富士山

桜えび シラスなど海の幸豊富な駿河湾

そして「羽衣伝説」の地、

三保の松原が描かれています。

「羽衣伝説」の話は全国に散見されますが

静岡県三保の松原のはこんな感じ。

『漁師が松の枝に掛けてあった羽衣を見つけ、天女に「返してほしければ天上の舞を舞え」と言います。 

「このままでは天に帰れない」と嘆く天女。そこで羽衣を返してもらい天上の舞を舞い、

そのまま富士山に沿って天上へと帰っていく』

というお話。

この伝説を世阿弥(ぜあみ)が「羽衣」としてお能の演目にし今も公演され続けています

ん?世阿弥、どこかで登場しましたね

そう、前回のブログでちらっと登場した方

新潟県「佐渡島」に流刑された方です。

佐渡島には政治的によく思われなかった当時の権力者や知識人などが流されていました。

その後幕府の天領地となった佐渡島は、

家康が興した江戸幕府の財政を採掘された金で大きく支えたんでしたね。

こちらも以前書いた新潟のブログに詳細があります。

ちなみに天女の羽衣。

三保の松原近くにある「御穂神社」には

天女が飛び立つ際、漁師の手に握らせたとする「羽衣の布端」が保存されているそうです

また毎年10月には「三保羽衣薪能」が開催され、次第に暮れゆくなか幽玄なお能を楽しむイベントが行われているそうです。

薪能を私は一度だけ観たことがあるのですが場所は、兵庫県の三田市。

兵庫県民なら知らぬものはいない「三田屋」というお肉やハムが有名なお店のレストランに併設されている能舞台で観覧しました。

虫の声も聞こえる野外で行われるお能の舞台

しだいに濃くなりゆく夜の暗がりに

深まる演目の物語が重なり、

かがり火の炎が明るさをます頃には

自然と涙が溢れていたことを忘れられません

薪能、是非もう一度体験してみたいものです

f:id:habbule-no-neko:20260401155348j:image

さて、話は戻り消火栓。

「大御所家康公駿府城入城400年祭」

甲冑 富士山 そして、家康が治水を行った駿府城近くの川「安倍川」が描かれています

安倍川は白餅を砂糖ときな粉でまぶした菓子「安倍川餅」名前の由来の安倍川です。

安倍川餅は家康が名付けたとされ、

きな粉は安倍川上流で取れる「金」に見立てたなど、名前の由来は諸説あるようです

f:id:habbule-no-neko:20260407174912j:image

こちらは「今川さん」というキャラクター。

先ほどさらっと登場していた今川義元です。

幼少期の徳川家康を人質として育てた人物。

実は静岡では家康より人気かも知れません。

家康は三河国で生まれましたが、当時三河国は織田家と今川家の勢力に挟まれていました

家康は家を守るため、一時織田家で人質となり、後に今川家の人質となります。

このあたりの事情は諸説ありですのでここでは触れませんが、

駿河国の今川家にいた12年間(8歳〜19歳)

今川義元は、家康を一人の武士として大切に育て教養 兵法 帝王学などを教育しました

実際には今川義元が軍師として信頼していた太原雪斎が師となり、成長した家康は後に

天下を取ることになります。

近年静岡で今川義元を再評価する活動があり2025年末に静岡市歴史博物館で行われた

「あなたの推す静岡の歴史上の人物」では

今川義元が家康を抜き堂々一位に輝きました

二位が徳川家康。

そして三位は、家康に兵法を教授した

禅僧の太原雪斎(たいげんせっさい)でした

f:id:habbule-no-neko:20260401155353j:image

さて、こちらは静岡市消防局のキャラクター

「かけつけ消防3部隊カワセミーズ」です

市の鳥「カワセミ」は素早さで有名。

静岡ではあちこちで見られる鳥で

その速さを生み出す形状は、500系新幹線の先頭車両のデザインに応用されるほど。

ホースは消防、ロープは救助、AEDは救急と消防の役割すべてをあらわしています。

静岡市消防局が運用する消防ヘリコプターも「カワセミ」と呼ばれているそうです。

f:id:habbule-no-neko:20260401155400j:image

ちなみに、

こちらはツバメと纏(まとい)の消火栓。

まといは町火消が各組の印にしたもの。

ツバメは喉元が赤く、それが火を連想させて火を司るものとされていたり

「燕が低く飛ぶと雨が降る」などの言い伝えから水を連想させたりして「火消しの象徴」とされています。

f:id:habbule-no-neko:20260401155401j:image

さて、早朝の町を県庁のある方へと歩くと

「駿府城」があります。

f:id:habbule-no-neko:20260401155409j:image

ありました!

今日一つ目のプラモニュメント

「徳川家康公出陣キット」のランナーです。

f:id:habbule-no-neko:20260413114053j:image

説明までちゃんと作ってくれています。

f:id:habbule-no-neko:20260401155408j:image

一つ一つが大変リアル!

思わず切って組み立ててまといたくなります

f:id:habbule-no-neko:20260401155413j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155414j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155418j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155419j:image

↑これ持って振り回したい。笑

f:id:habbule-no-neko:20260401155427j:image

少し歩くと懐かしい二宮金次郎像があります

もう今の子どもたちはこの像を見たことがないのではないでしょうか。

私が子どもの頃には、大概の小学校の校庭に二宮金次郎像がありました。

正直ちゃんと見たことなかったけれど

このお像はとても精密に出来ていました。

f:id:habbule-no-neko:20260401155426j:image

カレ、二宮金次郎。神奈川県出身

金次郎とは通称で、本名は二宮尊徳。

「そんとく」と呼ばれることが多いが本当は「たかのり」らしい。

江戸時代後期に活躍した方で

各地の農村に赴き、人々と向き合い時に衝突しながらも、財政を立て直していきました。

彼は両親を亡くし貧しいなか勉学に励んだ人

その姿が、国の教育方針にマッチしたことと当時昭和恐慌で不況に喘いでいた業者の思惑が重なり全国的に金次郎像普及が進みました

f:id:habbule-no-neko:20260401155429j:image

読んでいる本は「大学」という本で

儒教の経典の一つです。

f:id:habbule-no-neko:20260401155436j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155441j:image

こちらの像は本当にリアルです。

実家が没落し、両親を亡くし、親戚の家に身を寄せた彼は大学を読みながら実家の復興を目指し努力を惜しみませんでした。

ただ、今では

軍国主義に利用された経緯や児童労働が良くないとされるようになったこと

何より歩きスマホを連想させるとされて撤去されるようになっています。

時代による価値観の変化に翻弄された

金次郎像について

興味深いと思った方は、是非山田五郎さんのYouTube「オトナの教養講座」で二宮金次郎像の回をご覧下さいませ。

f:id:habbule-no-neko:20260401155444j:image

こちらは十返舎一九「東海道中膝栗毛」の、弥次さんと喜多さんの像です。

膝栗毛とは、自分の膝を栗毛の馬に見立て

徒歩で旅行することを意味しています。

作者の十返舎一九(じっぺんしゃいっく)は静岡県の出身。

変わったペンネームの理由は想像もつかないものでした。

名前の「一九」は、幼名が市九だったから。

そして「十返舎」には香道が関係しているそうで、

「十返し(とがえし)」は、

香木を聞く香道の遊びの一つ。

(香道では香りを嗅ぐことを聞くという)

黄熟香という非常に香りの強い香木があり

箱にしまっても十ぺんも香りが戻るほど

ということから「十返し」と言われており

その香りの余韻が長く続くことにあやかって世の中に長く名声が続きますようにと願って「十返舎」と名付けたそうです。

ところで黄熟香と聞いて、私のブログを読んで下さってる方は「え!アレのこと?」と、お察しのことと思います。

そう!正倉院宝物の一つ。

「ランジャ隊1号 織田信長の気持ちを知る」で書いた「蘭奢待」のこと。

それはそれは素晴らしい香りのはずです。

詳細、良ければこちらをどうぞ↓

https://habbule-no-neko.hatenablog.jp/entry/2025/07/08/180753

f:id:habbule-no-neko:20260401155445j:image

ところで東海道中膝栗毛。

内容は弥次さん喜多さんのコンビが東海道を旅する道中を描いたものです。

実はこの2人、随分年の離れた妙なコンビ。

こっちが弥次さんで

作中本名は弥次郎兵衛。

物語では二人は江戸神田八丁堀に住む同居人

弥次さんは元裕福な教養ある人。

借金がかさんで逃げる為に旅に出ます。

f:id:habbule-no-neko:20260401155449j:image

こちらが喜多さんで

作中本名は喜多八。

江戸の商家に奉公していましたが店の金を使い込んでクビになり、弥次さんと共に旅に出ることになります。

旅の目的地は、当時大流行だった伊勢参り。

東海道をおかしな二人が旅してゆく

珍道中の物語です。

f:id:habbule-no-neko:20260401155450j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155453j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155454j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155456j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155457j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155500j:image

当時の旅装束の詳細がわかるいい彫像です。

f:id:habbule-no-neko:20260401155505j:image

あれ、ここの石垣積み方が違う。

f:id:habbule-no-neko:20260401155506j:image

修復などで、積んだ時代が違うのかしら

駿府城の築城は、幕府の命令で各地の大名が材料や人手を用意して建てられた「天下普請」

そのため、石垣にどこの藩が担当したのかを現す印がつけられており、各藩の印も様々で

当時のものが多く残っている駿府城の石垣は見どころたっぷりです。

f:id:habbule-no-neko:20260401155508j:image

お堀端に静岡県庁舎がありました。

こちらは裏側にあたります。

f:id:habbule-no-neko:20260401155512j:image

では恒例、地名由来のコーナーです。笑

静岡市のあたりはかつて駿河府中と呼ばれていました。

しかし廃藩置県の当時、

「府中」では幕府への「不忠」に通じると別の名前が必要となり、城近くにあった賤機山(しずはたやま)から一旦藩内で「賤ヶ丘」となりましたが、当時の藩学校頭取、向山黄村(むこうやまこうそん)が時政(じせい)を思い「静が丘」→「静岡」としたそうです

アブナイアブナイ

賤ヶ丘では「賤」つまり卑しいなどの意味があり、県名を言うと後々小ネタにされること請け合いになる所でした。

黄村さまシゴデキです!

 

ところで、静岡のしずの由来になった

賤機山(しずはたやま)

そもそも山名の由来は何なのでしょうか。

実は賤機山(しずはたやま)のしず

元々は「倭文」と書いて「しず」でした。

「倭文幡山」(しずはたやま)が元の字で

「倭文(しず)」とは樹木のカジノキのこと。

そして「幡(はた)」は秦氏と関係があります

秦氏は4世紀末から7世紀に渡り、日本に文明をもたらした渡来系氏族の一つ。

彼らによって日本に土木技術や鉄の技術、そして機織りの技術が伝えられました。

昔この地では、カジノキを使った織物が有名だったことから倭文幡山となり、それが後に賤機山となったとのことです。

静岡のしずにはそんな意味があったんですね

f:id:habbule-no-neko:20260401155514j:image

近くに巨大わさび発見!

下に解説があり、

わさび「栽培」の発祥は静岡なんですって。

f:id:habbule-no-neko:20260401155515j:image

県庁裏あたりから城内に入ります。

f:id:habbule-no-neko:20260401155517j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155519j:image

入ってすぐ石垣の上には鷹がくっつけられていました。

これはさすがに最近のもの。

家康といえば鷹狩り大好きマンです。

f:id:habbule-no-neko:20260401155522j:image

なんか思わず面積求めたくなる。笑

(上底+下底)×高さ÷2

f:id:habbule-no-neko:20260401155523j:image

城内に天守閣はなく公園が広がっています。

f:id:habbule-no-neko:20260401155528j:image

大変美しい隅。

f:id:habbule-no-neko:20260401155527j:image

石積みの展示があり説明もありました。

f:id:habbule-no-neko:20260401155531j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155532j:image

こちらは例の各大名の印。

f:id:habbule-no-neko:20260401155534j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155536j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155539j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401155541j:image

この日は近くの高校生がマラソン大会を行なう日で朝から盛り上がっていました。

f:id:habbule-no-neko:20260401155546j:image

こちらは発掘作業をしている場所。

f:id:habbule-no-neko:20260401155643j:image

ならば、覗いてみよう。笑

f:id:habbule-no-neko:20260401160041j:image

しばらく行くと、いらっしゃいました

f:id:habbule-no-neko:20260401160147j:image

城主、徳川家康公

左手には鷹狩りの鷹がいます。

彼は鷹狩り好きで有名なのですが

単に好きというよりは、

野山を駆け回ることで足腰が鍛えられ丈夫な身体にするためという意味もあったようです

 

そう、彼は今の世でいう

「朝から冷水シャワーを浴びて水素水を飲むイケてる起業家系」 笑

当時では最先端の「超健康ヲタク」でした。

それには結局「生き残った者が勝ち」という

武士ならではの考えもあったようです。

当時の平均寿命が37〜50歳というなか

彼はなんと75歳まで生きながらえました。

日々の食に対しても大層なこだわりで

・白米は食べず麦飯だった

・旬のもの以外は食べないと決め初物も嫌い織田信長が贈った早出しの桃を自分は食べず家臣に配ってしまった

・おやつは甘いものでなく納豆や焼き栗ナッツなど

・酒は冷やでなく温めて少量

・狩りで仕留めたジビエや近海で採れた新鮮な魚を食べた

・長期発酵させた八丁味噌を使い、野菜は皮ごと使って一汁一菜を心がけた

などなどなど。

今でこそ意識高い人には当然のことですが

戦国・江戸時代にこれを実践していたのは、本当にスゴイことだと思います。

そして、この超健康ヲタク家康公は

私の母とめちゃくちゃ話が合うと思います。

彼女も自己流の超健康ヲタク。笑

そもそも私の実家では、父の両親と同居していたのですが

私の祖父も健康ヲタクで、毎朝早起きして1時間ほどかけて体操とお灸をしていました。

そして必ず食後にゲンノショウコやセンブリを煮出したものを飲みます。

昔は学校で体育の先生をしていた祖父

グライダー乗りでもあり、若い頃東條英機の査閲するなかグライダーの模範飛行をしたことが彼の自慢でした。

(私としては当時東條英機は戦犯と学んだのでフクザツな気持ちでしたが。)

そんな彼は、90歳までゴルフをノーカートでラウンドしていたのですが

祖父のために祖母はラウンド前日

必ずステーキを焼いて夕食に出していました

健康に気を遣う義両親の面倒をみてきた母は

次第に健康食品に開眼!笑

夏の朝は

バナナ 牛乳 ケール 人参 リンゴをミキサーして後入れで胡麻やきな粉を振りかけるドリンク

冬は温めた牛乳にココア シナモン はったい粉 きな粉を溶かして毎日飲んでいます。

それとパンを頂くのですが、通常は

マヨネーズ 玉葱 ピーマン 発酵食品のキムチ パルメザンチーズを乗せて焼き

別で蜂蜜を大さじ一杯食べます。

上のパンを作るのが面倒な時は

オリーブオイルに蜂蜜をのせトマト パプリカなど季節の野菜をトッピングして食べます

また、食材はこだわりのお店で買いたいので

鶏肉は車で毎回1時間かけて買いに行き

牛肉は鶏肉とはまた明後日の方向に1時間

野菜は地元の農家に買い付けに行くので

買い物に行った彼女はだいたい半日、帰ってきませんでした。

(そこで以前「冬の真っ白いデザート パヴロヴァ」のブログで書いたようにお腹が減った私は水飴を舐めていました。)

そして、今から40年ほど前

私が高校生の頃には毎朝、朝食のあと

プロテイン ビタミンC ローズヒップを並べ決め台詞が

「身体にいいのよ〜!」

そんなトラウマと食育を受けた私は、

健康には気を遣いつつも、

信長が季節の走りの桃を持ってきた日には

「早出しの桃!ヤッター!」派です。笑

 

あれれ、話が飛びましたね。(苦笑)

申し訳ありません。

さて家康公

最終的に、健康を突き詰めた結果

えぇい人には任せておけぬわ!

「自分で薬作っちゃお。」となりました。

彼は薬に関する本を読みこみ、

自分独自の薬を作り、

自分や周りの者に投薬したりしていました。

その薬にはそれぞれ名前がつけられています

 

「紫雪」

解毒解熱効果があるもので、家康の孫の3代将軍家光が幼い頃この薬で命拾いしています

 

「八味地黄丸」

今でも販売されている古来からある薬。

そこに海狗腎と言われるオットセイのペニスを加え独自の漢方薬として調合していた。

余談ですが彼の最後の子が生まれたのは

家康公66歳の時でした。

オットセイ。。。

 

「烏犀円」(うさいえん)

動物・植物・鉱物など58種類もの生薬を調合したもので、乾燥したトリカブトなど使い方によっては毒になるものも入っていました

 

「万病丹」

こちらは様々な生薬に水銀やヒ素などをまぜ

 

あら?

だんだん胡散臭くなってきましたね。笑

家康の死因は鯛の天ぷらの食べ過ぎと言われ本人はサナダムシが原因と思い込みこの薬を飲み続けていたのですが

主治医のみたては胃がんでした。

彼は万病丹の服用をやめるよう進言しましたが家康の怒りを買い信濃に追放。

それからほどなく家康は亡くなりました。

最後はちょっとスピっちゃってるのも

イケてる起業家の末路と似てる気がするのは気のせいでしょうか。

f:id:habbule-no-neko:20260401160148j:image

さて、

f:id:habbule-no-neko:20260401160154j:image

お城には紅葉が綺麗な庭園があり

ここでは有料で静岡のお茶も頂けます

f:id:habbule-no-neko:20260401160155j:image

美しい橋があり、

f:id:habbule-no-neko:20260401160158j:image

こちらは当時の荷揚げ場だったようです。

昔の物資の運搬には川が使われており

この城を築くための石垣なども水運を使って運ばれてきました。

f:id:habbule-no-neko:20260401160203j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401160206j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401160210j:image

最後は東御門から出ました。

当時を再現した立派な御門です。

f:id:habbule-no-neko:20260401160217j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401160220j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401160221j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401160224j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401160225j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401160228j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401160232j:image

f:id:habbule-no-neko:20260401160234j:image

駿府城

天守閣はなくとも見応え十分でした。

f:id:habbule-no-neko:20260401160243j:image

さて、朝食前のお散歩が随分長くなりました

お腹ペコペコ!

朝ごはんを頂きにコメダコーヒーを探します

f:id:habbule-no-neko:20260401160244j:image

途中見つけた東海道の宿場一覧。

このうち、現在の区割りで一番宿場が多いのは「静岡県」!

なんと全体の約4割にあたる二十二の宿場があります。

青春18切符では難所とされている静岡県

なぜなら静岡県の通過には3時間以上かかるからです。

乗れども乗れども終わらない静岡県を

普通電車の座り心地が悪いシートで移動することを「ロングシート地獄」と呼び、

あまりの広さに「静岡大陸」とまで言われています。

それはこれだけの宿場の数いるな、と納得。

f:id:habbule-no-neko:20260401160246j:image

グーグルマップでウロウロ探し

f:id:habbule-no-neko:20260401160248j:image

やっとコメダに着きました。

定番コメダのモーニングは、間違いなし。

お腹を満たしてホテルに戻り

チェックアウトしたら駅に戻って荷物を預け

ここからは静岡で必ず訪れたかった聖地に向かいます。

いや、「巡礼」します。笑

そこにはバスで向かうのですが。。

f:id:habbule-no-neko:20260419215214j:image

駅で発見、公衆電話のランナーです

f:id:habbule-no-neko:20260419215213j:image

この公衆電話は実際に使えるみたい。

いまでは貴重な公衆電話です。

f:id:habbule-no-neko:20260419215216j:image

さて、バスで向かった先は、、、

f:id:habbule-no-neko:20260419215219j:image

とおーーーくに見えるの分かりますか?

f:id:habbule-no-neko:20260419215220j:image

そう!

f:id:habbule-no-neko:20260419215222j:image

f:id:habbule-no-neko:20260419215225j:image

一度行ってみたかった!

サウナの聖地「しきじ」です。

f:id:habbule-no-neko:20260419215226j:image

ここは「水」が素晴らしいと評判のサウナ。

いかに素晴らしいか書いてくれています。笑

f:id:habbule-no-neko:20260419215230j:image

サウナーにとって水風呂はその評価を分ける大切なもの。

温度も大切ですが、

その水質によって大きく評価が変わり

こちらの水質は飲めるほどの清らかさです。

f:id:habbule-no-neko:20260419215231j:image

f:id:habbule-no-neko:20260419215234j:image

主人と別れ、2時間ゆっくり楽しみました。

はぁぁぁ。夢かなった。笑

f:id:habbule-no-neko:20260419215235j:image

帰りのバスから↑の道を発見。

「サ道」の原田泰造演じるなかちゃんさんがタクシーで通った道です。

さて、静岡駅まで戻り次はもう一つの聖地

「富士山」を拝みに行きます。

f:id:habbule-no-neko:20260419215237j:image

エレベーターで屋上まで。

f:id:habbule-no-neko:20260419215240j:image

はい!富士山!!

f:id:habbule-no-neko:20260419215241j:image

ん〜。。。一応静岡で富士山を見る

クリアということで大丈夫でしょうか?

f:id:habbule-no-neko:20260419215243j:image

サウナでゆっくりしたので、静岡滞在時間もあと少しとなりました。

あれ、全然お土産とか買えてないよねとなり急遽百貨店へ。

f:id:habbule-no-neko:20260419215248j:image

お正月の切り餅発見。

ここは武士のお膝元。

やはり切り餅が王道なのでしょうか。

天皇家や公家の文化は丸餅。

武士は兵士がたくさんいるのでいちいち丸めておられぬと一気に作りのばして切り分ける角餅の文化です。

お土産を買い、新幹線最後の打ち上げ

車内宴の品を買い求めました。

f:id:habbule-no-neko:20260419215247j:image

f:id:habbule-no-neko:20260419215250j:image

f:id:habbule-no-neko:20260419215251j:image

f:id:habbule-no-neko:20260419215254j:image

f:id:habbule-no-neko:20260419215256j:image

さて、あとはダッシュで残りのプラモニュメントを探します。

f:id:habbule-no-neko:20260419215258j:image

あった〜!駅施設の端にありました。

JT(日本タバコ)のランナー。

f:id:habbule-no-neko:20260419215300j:image

駅の裏に回ると

f:id:habbule-no-neko:20260419215301j:image

こちらは2つ並んでました。

f:id:habbule-no-neko:20260419215303j:image

f:id:habbule-no-neko:20260419215304j:image

↑ランナーの端についてるタグ。

こんな細かいところもキチンとしています

f:id:habbule-no-neko:20260419215308j:image

駅前にはこんなものが。

f:id:habbule-no-neko:20260419215311j:image

これは大正4年家康の300回忌を記念して建てられた石塔だそうです。

静岡には「久能山東照宮」という神社がありここに徳川家康の遺骸が納められています

石塔は久能山の方角をむいて建てられており久能山東照宮まで「弐里拾壱町」と書かれています。

家康は自分亡き後について

「遺体は駿河国の久能山に葬り、江戸の増上寺で葬儀を行い、三河国の大樹寺に位牌を納め、一周忌が過ぎたら日光山に小さな堂を建てて勧請せよ」と言い遺しました。

家康は亡き後、「東照大権現」として祀られ

久能山東照宮では神仏習合の考えから

日本の神様が仏の姿となり現れたものとして「本地仏」もお祀りしています。

阿弥陀如来や観音菩薩など数ある仏様のなか本地仏として選ばれたのは「薬師如来」。

これは、家康の健康志向に由来して

健康や病気平癒を叶える仏様だからとのことです。

f:id:habbule-no-neko:20260419215314j:image

プレートに書かれているのは、家康の人生訓

少し長いですが素晴らしいのでシェアさせて下さいませ。

 

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。心に望み起らば、困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。勝つことばかり知りて、負くることを知らざれば、害其の身に至る。己を責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるより勝れり。」

幼き頃より人質として暮らし、戦乱の世を不器用ながらも生き抜いた彼ならではの想い

普遍の教えに自らを照らし、

私たちの長い旅も締めくくりたいと思います

静岡

家康公のご遺徳もあり素晴らしい所でしたが訪れたのはほんの一部。

今度はお茶園も行ってみたいな

なんせ広い「静岡大陸」笑

見どころもいっぱいあります。

f:id:habbule-no-neko:20260510081347j:image

f:id:habbule-no-neko:20260510091945j:image

最後は静岡名物「お茶」を買いました。

新幹線車内宴の乾杯は「お茶」から。

長い旅の締めくくりは

静岡への残心とともに、

清らかにおしまいにしたいと思います。

f:id:habbule-no-neko:20260419215323j:image

f:id:habbule-no-neko:20260419215324j:image

東北旅を通読して下さった皆さま。

ひょんなことから静岡で終わりを迎えましたが、長い長い旅の長い長いブログを最後まで読んで下さって誠に有難うございました!

f:id:habbule-no-neko:20260419215326j:image

今回、私にとって遠い地であった東北を旅しその土地の様々な成り立ちを学んだことで

地域の盛衰には様々な背景があることを知りました。

例えば最初におとずれた新潟では

米の生産量がその土地の価値になっていた頃

かつては潟だらけだったことから貧しい土地とされていましたが

河川の整備や潟の埋め立てにより米の収穫量があがり、富める土地へと変化。

江戸時代には佐渡島にある金の採掘で幕府の金庫のような場所となり、日本の経済を支えました。

また、海運による商いが盛んになると、船の停泊地として港を整備し北前船の拠点として栄え、経済が発展していきます。

人がどんどん増えますが米もたっぷりある。

そこで明治時代に人口日本一となり新潟隆盛のピークを迎えました。

しかしその後、幾多の戦争を経て

日本はどん底の経済状態になります。

そこから日本再建の過程で、かつて大大阪時代といわれた関西にあった企業の本社が次々に東京へと移転していき経済の中心が東京に集中し「東京一極集中」の時代が始まります

流通の要は、水運から鉄道や道路になり

交通の便の悪い地方は廃れていきました。

しかし、

地元の頑張りにより越後湯沢に交通インフラが整備されると、人がたくさん訪れるようになり観光の需要を満たす土地に変化。

 

変化しつづける時代のなかで

その土地のありようを変化させ

新たな価値を創り出す人々の逞しさを

学ばせていただいた、いい旅でした。

f:id:habbule-no-neko:20260419215327j:image

たくさんの切符たちもこれで御役御免です。

f:id:habbule-no-neko:20260419215331j:image

さぁ、帰ったら大量の洗濯物の山が届いています。笑

帰ったら洗濯機、酷使します。覚悟してね笑

ではまた、次の旅まで!

JR大人の休日倶楽部パス 東北旅 6日目仙台→新潟→越後湯沢→東京→静岡

f:id:habbule-no-neko:20260324152902j:image

2025年12月9日。

空には防災ヘリコプター。

変わらぬ街並みを飛ぶ

バリバリというヘリコプターの音が

昨夜の揺れの深刻さを感じさせます。

f:id:habbule-no-neko:20260324152903j:image

昨夜遅くに発生した青森県東方沖震源とする地震は、宮城県では震度5弱。

ですが、高層ホテルに宿泊していた私たちの部屋は長周期の揺れに襲われ、体感ではもう少し大きな地震に感じました。

地震発生から間もなく、大阪にいる娘から

「無事?大丈夫?」とラインがはいり、

ひとしきりやり取りをして、翌日からの旅程変更を決定。

家に置いてきた旅程表は変わるからまた明日連絡するね。

と告げ就寝しました。

翌朝

早朝から主人は変更プランを練り

自宅に戻るか行く先を変更して旅を続けるか私に相談。

怖かったけれど、余震があったとしても仙台より北に行かなければ大丈夫なのではないかということになり旅を続けることにしました

旅程については、様々相談の結果

主人はもう一度新潟に戻って

あの美味しかったお昼ごはんを食べたい!

私は、それなら通り道にあった越後湯沢の駅で降りて駅ナカ温泉に入りたい!

ということで

仙台→新潟でランチ→越後湯沢駅ナカ温泉→静岡で餃子

という行程に決定!

あとは私が身支度を整えている間に

主人がすべての電車と宿泊予定だったホテルに連絡しキャンセル手続きを終了しました。

新しく必要な静岡のホテルは

これから乗る電車内でネット予約します。

仙台から東京方面の新幹線はなんとか動いているよう。

絶対混雑してるよね、と朝早くにホテルで

荷物発送とチェックアウトをすませ、出発。

駅に着くとやはり混乱の様相でした。

f:id:habbule-no-neko:20260324152907j:image

ですが、有り難いことに動いてるみたい

f:id:habbule-no-neko:20260324152906j:image

急いで座れるように並びに行こう!

とホームを走っていると

f:id:habbule-no-neko:20260324152910j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324152911j:image

なんと、我らがヒーロー

線路や架線の安全を司るEast iが

心強くも仙台駅にいるではありませんか!!

先日引退したドクターイエローは有名ですがこちらも同じ線路や架線に異常がないか点検するための車両。

ざっくり言うとドクターイエローは西担当

East iは東担当です。

今回の地震で緊急出動して、一仕事終え

仙台の駅に停車しているんだと思います。

ちなみに「East」はJR東日本の「東」

「i」は「intelligent」「integrated」「inspection」。

知能が高く、統合された、検査で頑張りますという意味。いやまぁ、頑張りますのとこは私が勝手に足したんですけども。笑

地震発生からJRのみならず

すべての公共の安全を守るため、

夜を徹してお仕事をして下さっている方々に心から「お疲れ様。有難うございます」と

感謝の思いが湧き上がります。

f:id:habbule-no-neko:20260324152916j:image

走った甲斐あって新幹線では、なんとか座ることが出来ました

席で主人は、ホテルの手配や仕事の連絡

私には、東京の息子から電話があり

「まだ東北にいるんだっけ」

と安否確認がありました。

青森の方では随分被害があったようで

もちろん電車も不通。

車内で見るネットニュースに心が痛みます。

f:id:habbule-no-neko:20260324152915j:image

そうこうするうちに大宮駅到着。

f:id:habbule-no-neko:20260324152919j:image

ここで上越新幹線に乗り換えます。

晴れやかな冬の空。

f:id:habbule-no-neko:20260324152920j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324152924j:image

けれど越後湯沢になると一気に雪模様。

f:id:habbule-no-neko:20260324152923j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324152929j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324152928j:image

同じ雪でも地方によって含む湿気の量や

積もる地形で何か雰囲気が違うものですね。

旅の始まりの地、新潟に戻ってきました。

f:id:habbule-no-neko:20260324152931j:image

駅のなかに像、発見。

左は「雪椿の乙女」像。

「雪椿」は新潟の県の木です。

雪深い地域に自生する低木で

新潟県の自然を象徴する木とのこと。

乙女が一輪、雪椿を持つ像は

上越新幹線の開業を記念し「新潟東ライオンズクラブ」から寄贈されたものとのこと。

右手の「三美神」像は

得能節朗氏の作で、こちらも上越新幹線開業を記念して新潟三越から寄贈されたもの。

働き者の越後女性の姿を西洋の「三美神」になぞらえ表したものです。

西洋における「三美神」とは

愛や美貌 慎み深さ 創造性など

ローマ神話やギリシャ神話などの出典により解釈があるけれど、

一般的な女性らしさをテーマに設定された、三人の美しい女神が、芸術作品において概ねサークル状に描かれる姿です。

有名な作品にはボッティチェリの「春」など検索されると、ハイハイあれねとなります。

f:id:habbule-no-neko:20260324152932j:image

懐かしい駅を、またこんなに早くくぐることになるとは想像もしていませんでした。

ただいま。笑

もう道もわかっているし、ガラガラとスーツケースを引っ張ってお店に到着。

f:id:habbule-no-neko:20260324152935j:image

駅チカオススメの「えびす鯛」さん。

f:id:habbule-no-neko:20260324152934j:image

店内は相変わらず盛況です。

f:id:habbule-no-neko:20260324152938j:image

主人はカツ丼とお魚の定食。

f:id:habbule-no-neko:20260324152939j:image

私はアジフライ定食。

もちろん期待通りの美味しさで大満足でした

f:id:habbule-no-neko:20260324152941j:image

さぁ、食べたら移動です。

f:id:habbule-no-neko:20260324152942j:image

東京行きの「とき」に乗り、

今度は越後湯沢駅を目指します。

f:id:habbule-no-neko:20260324152946j:image

駅のショップで買った「笹だんご」とお羊羹

中にキャラメルが入っています。

f:id:habbule-no-neko:20260324152947j:image

どちらも美味しかったけど、

笹だんごはやはり一日目に頂いた蒸したての「やま路」さんのものがワンランク上でした

これも、もしかしたら家に持って帰って蒸し直せばいいのかもしれません。

f:id:habbule-no-neko:20260324152951j:image

晴れやかな市内から

f:id:habbule-no-neko:20260324152950j:image

また雪深い越後湯沢へ。

前回書いた、秋田県仙北市角館で訪れた

新潮社記念文学館の壁にあった

文庫第1号の川端康成著「雪國」

その舞台はここ「越後湯沢」の温泉宿でした

国境の長いトンネルを抜けると雪國であった

越後湯沢を表すものとして、これ以上美しく端的な言葉はないと、しみじみ想います。

f:id:habbule-no-neko:20260324152955j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324152956j:image

↑ここからすぐのスキー場

「ガーラ湯沢」の看板。

f:id:habbule-no-neko:20260324152959j:image

あら、越後湯沢駅100周年の幟(のぼり)

2025年11月1日に100周年を迎えたそうです。

おめでとうございます。

ということで、恒例!笑

越後湯沢駅のある「湯沢町」についてご紹介

越後湯沢は、

正式には「新潟県 南魚沼郡 湯沢町」

秋田県にも湯沢町があり、

それと区別して、越後湯沢と呼ばれています

このあたりにある湯沢温泉は、

平安時代末期、高橋半六という人が発見。

湯の湧く沢がたくさんあったので「湯沢」。

今もその子孫が営まれている雪國の宿「高半」という宿は、川端康成が「雪國」を書いた宿としても有名です。

湯沢町には他にこの山深い地で修行していた修験者が見つけた貝掛温泉などがあります。

貝掛温泉は、越後(新潟)の武将

上杉謙信が将兵の傷を癒した隠し湯。

関東攻めを行った新潟から関東へ抜ける道は「謙信街道」と言われ、

後に江戸時代初期に整備された

江戸と越後を結ぶ「三国街道」となります。

「街道」は江戸と地方を結ぶ重要な道で

江戸から「中山道」を通り群馬県高崎宿まで

高崎宿からは分岐して「三国街道」を通り

越後へと通じていました。

三国(みくに)街道には

「三国峠」という一番の難所があり、

峠越えの宿場ということで

一休みする湯沢は、大変栄えた場所でした。

「三国街道」は参勤交代や

越後から運ばれる「米」や「金」の通り道。

そう、新潟は米どころであり

佐渡島で採れる

「金」の産地でもありました。

「佐渡島」といえば、流刑地としても知られ

奈良時代から中世にかけてたくさんの皇族や貴族、僧侶などが佐渡へ流刑となっています

有名なのは順徳天皇 日蓮聖人 世阿弥で

彼らのお陰でこの地には

都の文化や法華経 能楽がもたらされました

また、

本格的に採掘が始まった江戸時代には

幕府が直接支配する「天領」となり、

佐渡島で採れる「金」を使って小判が作られその小判が三国街道を通って江戸へ運ばれ、長きにわたり、幕府の財政を支えました。

幕府にとって大切な三国街道にある湯沢ではかつて本陣だった宿もあり

現在も旅館として営業されていたりもします

※本陣とは格の高い大名などが泊まる宿。

 

現在、湯沢町とされている地域は

1945(昭和30)年、湯沢 神立 土樽 三俣

三国の5つの村が合併したもので

それぞれ街道に深く関係する村でしたが

湯沢が本格的に開発され、繁栄していくのは近代に入ってからのこと。

1925年大正末期に

上越北線(現在のJR上越線)が開通し

越後湯沢駅が開業。

1931年には上越線が全線開業したことで

東京からのアクセスが格段に良くなり、

大正4年から開設されていたスキー場や

古くからある温泉に

多くの人が訪れるようになりました。

1982年(昭和57)には、上越新幹線の開業

1985年(昭和60)関越自動車道が越後湯沢に繋がったことで益々便利になり

現在も、人気の観光地となっています。

つまり、

越後湯沢の発展に一番大切だったのは

越後湯沢への「交通インフラ」。

山間にあるこの地域を訪れるためには

街道以外の劇的な公共工事が必須でした。

東京とほぼ同じ「経度」にある新潟

真っ直ぐ抜ければ早いけれど

その間には高い山々がそびえ立ちます。

そこでかつて

トンネルを掘り鉄道を通そう!と

地域の未来を見据え運動を興した人がいます

岡村貢(1836~1922年)

のちに「上越線の父」と呼ばれる彼は

南魚沼市(旧六日町)の出身で

群馬県まで人の敷地を踏まずに歩けるほどの豪農の家に生まれました。

地域の為にと尽力するなか鉄道敷設の必要性を説き、何度も国に掛け合いますがその都度却下されます。

ついに私財を投じて会社をおこし、やっとのことで許可がおりますが、戦争による不況のあおりを受けて頓挫してしまいました。

その志は、土樽村の村長だった南雲喜之七に引き継がれ、国による上越線敷設が決定し

工事が始まります。

1929年(昭和4) 全長9、702メートルの 

清水トンネル(清水隧道)が貫通。

1931年(昭和6)上越線が全線開業しました

しかし、そこからほどなく

1935年、魚沼大水害により甚大な土砂災害が起こり上越線も寸断されてしまいます。

鉄道の復旧作業も行われましたが

これを機に、下流の村を守ろうと

例のアレが造られることになります。

そう!SABO!!

「大源太川第1号砂防堰堤(えんてい)」

日本で最も初期のアーチ式砂防堰堤の一つで

アーチ型石造りの壁をつたう滝のような水は

「大源太キャニオン」と称され大変美しい姿

この砂防堰堤により河川の氾濫が抑えられ、

安全に活用できる土地が大幅に増えました。

その土地を使い、インフラが続々と整備され現在「トンネル三兄弟」と呼ばれる

新清水 大清水 関越トンネルは、

新幹線や高速道路など地域のインフラとして

新潟の発展に、大きく貢献しています

スゴイぞ!SABO!笑

f:id:habbule-no-neko:20260324153000j:image

(↑「雪國」駒子人形)

ちなみに

川端康成が湯沢を最初に訪れたのは1934年。

「トンネルを抜けると。。」の一節に出てくるトンネルは最初に完成した清水トンネルです

ところで「雪國」に出てくる島村って

ほんと、ろくでもないわ。プンスカ!

詳細は雪國で検索。

f:id:habbule-no-neko:20260324153004j:image

新幹線が到着すると一気に賑わう改札。

f:id:habbule-no-neko:20260324153003j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324153007j:image

越後湯沢駅西口の景色

f:id:habbule-no-neko:20260324153008j:image

駅なかを抜けて。。

f:id:habbule-no-neko:20260324153011j:image

東口の景色

f:id:habbule-no-neko:20260324153012j:image

改札に戻ると「CoCoLo湯沢がんぎどおり」というショッピングモールがあり

たくさんのお土産物店、ぽんしゅ館 温泉があります。

旅の一日目で訪れた新潟駅にもあった

ぽんしゅ館。

お酒だけでなく、名産品もずらりです。

f:id:habbule-no-neko:20260324153016j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324153020j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324153027j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324153028j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324153037j:image

さすが米どころ新潟。

お餅も大量に販売されていました。

f:id:habbule-no-neko:20260324153041j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324153040j:image

のしたお餅美味しそう!!

ですが、どうせ年末大量にお餅つくので購入は断念。(この時12月初め)

f:id:habbule-no-neko:20260324153043j:image

「笹の雫」は笹配合の塩。

笹団子もそうですが、この辺りで笹が有名になったのは上杉謙信のおかげです。

彼が抗菌作用のある笹で戦に携行する保存食を包んだ話から、現代では笹だんごなど笹を使った名物が売られ人気となっています。

f:id:habbule-no-neko:20260324153045j:image

一番奥に見えてきました!

f:id:habbule-no-neko:20260324153047j:image

天然温泉「酒風呂 湯の沢」

f:id:habbule-no-neko:20260324153049j:image

どうやらお風呂にお酒が入っているらしい。

f:id:habbule-no-neko:20260324153052j:image

主人と、1時間後に。と別れ入ってきました。

1時間後。ウ~ン、お酒

入っていたんだと思います

わからなかったけど。

そして湯船が一つ、窓無しなので

スキー帰りに身ぎれいにして温まるには最高に便利だと思いますが

温泉を楽しむなら、やはり駅近くのどこかに入りに行くのがいいかと思われます。

f:id:habbule-no-neko:20260324153054j:image

でも、あったまったので

f:id:habbule-no-neko:20260324153055j:image

カフェのイートインも出来る休憩エリアで

糀アイス柿ピー添えを頂きました。

美味しかった。

f:id:habbule-no-neko:20260324153058j:image

そして冷たいあまざけと

f:id:habbule-no-neko:20260324153100j:image

おにぎり屋さんでおにぎり購入。

改札横の待合室で甘酒を頂きました。

やさしい〜!味。

f:id:habbule-no-neko:20260324153101j:image

さぁさぁ、駅ナカも堪能しましたので

そろそろ静岡に向かいます。

f:id:habbule-no-neko:20260324153104j:image

↑あら、緑の行先案内が音叉みたい。笑

音叉、ご存知でしょうか。

弦楽器などあらゆる楽器の音を調整するのに使うアレです。(どれ)

音叉の音は「ラ」なのですが

オーケストラの音合わせでラが基準なのは、弦楽器が共通して弾ける「開放音」だから。

開放音とは弦を押さえずに弾ける音のこと。

これだと個人差なく判定出来ます。

そして、一番最初の音出しはオーボエ。

音が一番響きやすい楽器だからです。

「ラ」の音が基本になるのは

「音律」の歴史にも関係しているそうで

音律とは、1オクターブの間の音をどのように分割するかというのを規定するもの。

古代ギリシャ時代において、

「音律」という概念が作られたのですが

その考え方の中の一番低い音が「ラ」だったことがこの音が使われる理由の一つでもあります。

ちなみに、

当時数学で音律理論を作ったのはピタゴラス

弦の長さと和音の関係を数学であらわし

「美しい数学が最も美しい音階を作る」と

ピタゴラス音律を提唱しました。

天文学と数学を愛した彼は

音楽は個人の主観的なものでなく

数学で客観的に表せるもの。

宇宙における惑星の軌道は宇宙の調和であり

音楽も調和「ハーモニー」であるとしました

古代ギリシャ語で調和はハルモニア。

調和を表す女神の名前が由来です。

音楽で使われるハーモニーはこれが由来です

でも、

実はピタゴラスの音律では微妙なズレが生じオクターブの音が合わなくなっていくんですよね。

それで、現代では「平均律」といって

1オクターブを12で割った音律を使っています

それでふと

音って空気の振動で伝わるものよね

だから空気のない宇宙で音は聞こえないけど

もし他の星に空気みたいなものがあって

それが地球の空気の成分と違ったら

聴こえる音も変わるのかしら、、、

とAIに聞いてみたらやはり変わるとのこと。

そっか。それなら地球の空気が宇宙の真理と綺麗に合致するわけない。

と妙に納得出来ました。

だって、地球の空気も、地球出来立ての頃と今では随分変わりましたものね。

出来たての地球には酸素はほぼなくて

二酸化炭素や窒素が主成分。

環境によって聴こえ方が変わるなら現在聴こえてる音で、ピタゴラスの言う宇宙の真理は表せません。

 

越後湯沢の看板で、宇宙を想う。笑

f:id:habbule-no-neko:20260324153106j:image

さて、一旦これで東京へ向かいます。

f:id:habbule-no-neko:20260324153107j:image

新潟の地ビール。

「風味爽快ニシテ」

これは新潟限定サッポロビールです。

なぜ新潟なのにサッポロなのか。

それは新潟とサッポロビールに深い関わりがあるからなんですって。

北海道開拓時代。

日本各地から屯田兵や仕事を無くした武士が北海道開拓に赴いていた頃。

開墾と共に、産業を興すため官営の産業が

あちらこちらで立ち上げられました。

ビール造りもその一つ。

醸造家として抜擢されたのは

新潟県長岡市出身の中川清兵衛氏で、

ドイツでビール造りを学んだ彼は

北海道札幌市で興された官営の麦酒製造所で国産ビールの製造を任されます。

ついに完成したビールは

1877年(明治10)「冷製札幌ビール」として製造、販売が行われました。

これは日本人による初のブルワリーです。

このブルワリーは国から道庁へ、そして民間へと払い下げられます。

これを買い取ったのが新潟県新発田市出身の

武器商人でもあり実業家として活躍していた大倉喜八郎氏でした。

サッポロビールにとって大切なキーパーソンであった二人が共に新潟県出身ということで

新潟への感謝の想いを込めて造られたビール

「風味爽快ニシテ」

これは

「札幌ビール」の初めての広告文

「風味爽快ニシテ、健胃ノ効アリ」から

名付けられたそうです。

ナイスネーミングですが広告は当時ならでは

「風味爽快ニシテ」は分かりますが

「健胃ノ効アリ」は今ではJAROですねぇ。

※JARO 日本広告審査機構

食欲増進みたいなことだと思うのですが

ビールを飲んでも胃は健やかにならず

むしろ健康を害する感あり。笑

当時発売されたビールには

赤い五稜星のマークが描かれています。

今もサッポロビールのマークであるその星は

1872年(明治5)に制定された

開拓使の戦艦旗章「北辰旗」(北極星)

北半球において一年中変わらず真北にある星

開拓使の庁舎にも掲げられていたその星は

厳しい土地で必死に生き抜く人々の心を

一つにする「星」でした。

f:id:habbule-no-neko:20260324153202j:image

ビールと共に車内ではおにぎりも頂きました

本当に新潟のお米 最高です!!

f:id:habbule-no-neko:20260324153203j:image

雪を抜け、山を抜け

新幹線はなめらかに

東京の中心へと滑り込みました。

車窓に流れる洗練された光の粒が

陳列ケースに並んだBijouビジューのよう。

美しさに宿る温もりと虚無が「TOKYO」

f:id:habbule-no-neko:20260324153228j:image

だけど、その美しさが

私は好き。

f:id:habbule-no-neko:20260324153229j:image

それって

「雪國」の駒子が島村を好きになる気持ち

みたいなものなのかしら。

f:id:habbule-no-neko:20260324153251j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324153252j:image

馴染み深い東海道新幹線に乗り換えます。

f:id:habbule-no-neko:20260324153300j:image

乗り慣れたこの車両

はぁぁ、ホッとする。笑

f:id:habbule-no-neko:20260324153301j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324153337j:image

バイバイ TOKYO。

f:id:habbule-no-neko:20260324153919j:image

到着した静岡は、想像より静かでした。

到着は8時すぎ

f:id:habbule-no-neko:20260324153920j:image

いろいろ有名店はあるようですが

疲れていたので、

お楽しみの餃子は駅ナカで頂きました。

f:id:habbule-no-neko:20260324153341j:image

が、こちらのお店も9時までとのことで

ラストオーダーまであと少ししかないですがいいですか?とのこと。

f:id:habbule-no-neko:20260324153502j:image

慌ててビール、おでんと餃子を頼みました。

ビールは静岡ならでは緑茶ビールです。

さっぱり味。

f:id:habbule-no-neko:20260324153501j:image

一度食べてみたかった静岡おでん!

静岡おでんの特徴は、

イワシのすり身を使った黒はんぺんと

だし粉と青海苔の混ざったおでん粉をかけて頂くこと。

黒はんぺんが大変美味しく、翌日お土産にも購入しました。

f:id:habbule-no-neko:20260324153517j:image

餃子はニンニクを効かせたものが男餃子

ニンニクなしのさっぱりが女餃子。

どちらも大変美味しく頂きました。

ささっと食べてご馳走さま〜!

少しだけ、駅ナカを探検すると

f:id:habbule-no-neko:20260324153518j:image

楽しみにしていた「静岡プラモニュメント」を発見です!

プラモデルで有名な会社

「タミヤ」と「バンダイ」。

タミヤは本社が静岡で

スーパーカーや戦車などのプラモが有名。

バンダイはプラモデルを扱う部門が静岡発祥

代表するのはなんといってもガンプラ!です

※ガンダムのプラモデル

現在もプラモデル工場が静岡にあり

工場ではミュージアムもあり様々体験できるようです。

プラモデルのオリジナルパッケージ作りとか楽しそう!

ちなみに、パーツが一体になって繋ぎとめられている上の写真のようなものを「ランナー」と呼ぶらしい。

たぶんどの部品をどの順番でランナーにまとめるかなど非常に難しいのではないかしら。

プラモデルの世界、奥深そうです。

f:id:habbule-no-neko:20260324153603j:image

プラモデル推しの静岡にはプラモニュメントがあちこちにあります。

それを探すのを楽しみにしていた私

明日は探しまくる予定です。笑

ちなみに

f:id:habbule-no-neko:20260331173420j:image

毎年、静岡県では

「全国プラモデル選手権大会」が開催されて全国の主に高校・高専の生徒たちが闘います

公式のYouTubeもあり(登録者130人)泣

熱い闘いがもっと広まって欲しい!

と、かつてプラモデル作りに夢中だった私は切に願います。

色塗りとか汚しとか、楽しいですよ。笑

そういえば、小学生の頃

ガンプラ作って背景とかも自作してカメラで撮影して楽しんでたなぁ。。

あれ?あの頃から私って変わってたのかしら

f:id:habbule-no-neko:20260324153602j:image

など、懐かしみ。笑

静岡の街を歩いてホテルに向かいます。

f:id:habbule-no-neko:20260324153737j:image

うん。

静か。笑

歩きながらマンホール探し。

f:id:habbule-no-neko:20260324153745j:image

f:id:habbule-no-neko:20260324153746j:image

静岡のマンホールってめちゃめちゃ好みです

そのあたりは、最終日。

7日目のブログでご紹介することに致します。

長かった旅もいよいよ残すところ一日。

ここまでお付き合い頂いた皆様

本当に有難うございます!

あと少しで旅も終わり。

最後までお付き合い頂けましたら幸いです

JR大人の休日倶楽部パス 東北旅5日目仙台→乳頭温泉→角館→仙台

f:id:habbule-no-neko:20260306205429j:image

早朝、仙台の冬の朝はキリリとした空気で

昨夜は暗くて見えなかった街並みも

はっきりと見えました。 

足早に駅に向かう途中見つけたマンホール。

f:id:habbule-no-neko:20260306205428j:image

真ん中に仙台市章。

まわりには市の花「萩」が描かれています。

「市章」丸の中に縦三本線は、

仙台の「仙」を図案化したものであり

仙台藩伊達家において一番古い家紋

「三つ引両紋」を元にデザインされました。

この三つ引両紋は源頼朝より頂いた二引両紋をアレンジしたものです。

また市の花「萩」は、

平安時代から「歌枕」として、

萩の花の名所仙台「宮城野」の象徴でした。

f:id:habbule-no-neko:20260306205433j:image

駅前には立派なペデストリアンデッキ(駅前などにある2階レベルの歩行者専用高架橋)

そこから何やら気になる建物が見えて。。

あれは、、、巨大コンセント?笑

f:id:habbule-no-neko:20260306205434j:image

てっきり電力会社かと思いましたが

こちらは、ドコモ東北ビル。

建物上部にあるのは、通信用鉄塔で

ガラスで覆ったアンテナタワーらしいです。

f:id:habbule-no-neko:20260306205444j:image

仙台駅に到着。

大変広く1階2階共にたくさんの土産物売り場と名物が頂けるレストランがあります。

2階に改札があり

改札前には「こけし」の展示。

f:id:habbule-no-neko:20260306205443j:image

この旅で一つは買いたいと思っていましたが

結局時間がとれず購入出来ませんでした。

f:id:habbule-no-neko:20260306205448j:image

因みに「こけし」は、

「木地師(きじし)」と言われる職人が

江戸時代末期、東北地方の温泉地で子供への土産物として作ったのが始まり。

地方により特徴があり、

流派のようなものもあるそうで

宮城県内には

鳴子・遠刈田・弥治郎・作並・肘折こけしの5系統があります。

f:id:habbule-no-neko:20260306205449j:image

ちなみに仙台では「仙台弁こけし」という

仙台弁を話す設定のご当地キャラがいて

各流派のキャラクターがいます。

前回、岩手方言の面白さを書きましたが

ここ仙台でも方言がオモシロイ!

仙台方言で「おしょすい」って

何だと思いますか?

いやいやいや、健康診断で

「じゃあの紙コップにとったら置いといてね」のアレ、ではないですよ。

時代劇とかでお殿様がいう「笑止千万」、

バカらしく恥ずかしい時に使う「笑止」

が由来で、「恥ずかしい」の意味だそうです。

他にも「アバイン」

JR西日本のホテル「ヴィアイン」に聞こえるのは、旅のし過ぎでしょうか。笑

これは「一緒に行こう」の意味なんですって

そしてサイン・コサイン・タンジェント風の

「ケサイン」は「〜して下さい」の意。

「ケ・アガイン」は「どうぞ食べて下さい」

他にも

心臓が「ドキドキする」は「ハカハカする」

私は「ハカハカ」と言われたらラクビーの

オールブラックスしか思い浮かびません。

そして、

「スズメ クウカ」と言って出されるのは「シジミ」だそうです。混乱。笑

いきなり楽しく会話するのは難しそうですが

聞いてるだけでホッコリ和むのは

方言の素敵なところですね。

f:id:habbule-no-neko:20260306205453j:image

さて、この日の朝も早い。

本日の旅は、乳頭温泉で癒されるのがメイン

その後の予定は立てていませんでしたが、

時間が少しあったので角館を駆け足で見て

仙台に戻ることになりました。

f:id:habbule-no-neko:20260306205458j:image

ホームには「はやぶさ」がズラリで壮観。

f:id:habbule-no-neko:20260308154422j:image

車内では、福島県郡山駅で買っていた

「かんのや」のあんぽ柿を頂きました。

干し柿に黄身餡が入っていてシアワセ味です

f:id:habbule-no-neko:20260308154421j:image

新幹線で盛岡まで真っ直ぐ北上し

f:id:habbule-no-neko:20260308154428j:image

そこから秋田方面にグイッと左折

仙台から1時間ちょっとで

f:id:habbule-no-neko:20260308154429j:image

辰子(たつこ)姫伝説の地

「田沢湖駅」に到着です。

f:id:habbule-no-neko:20260308154431j:image

辰子姫伝説とは

美人で有名だった娘が、永遠の美しさを手に入れたいと大蔵観音さまに祈ったところ

「潟頭の霊泉」(田沢湖はかつて潟だった)を飲みなさいとのこと。

お告げに従いその水を飲みますが

飲めば飲むほど喉の渇きが止まらず、

潟の水を全て飲み干し龍になったという話。

娘を案じた母が湖に投げ入れた松明が

田沢湖固有の魚「クニマス」になったという伝説があります。

ところで。

関西人にとって湖といえば「琵琶湖」

そう。あのプライドの高い京都の方々が

ちょっとでも偉そうな口をきこうものなら

「あぁん?琵琶湖の水止めたろか」

と滋賀県人に脅される、あの琵琶湖です。

(ウソです。滋賀県人はそんなに意地悪ではありません。知らんけど(大阪)笑)

「琵琶湖」は日本一大きい湖、ですが

「田沢湖」は、深さ日本一!

琵琶湖の最大水深が104mなのに対して

田沢湖はなんと最大水深423.4m!!

4倍の深さを誇ります。

f:id:habbule-no-neko:20260308154436j:image

さてさて、

到着した田沢湖駅は2階建てのお洒落な建物

1階に観光案内所や近郊の模型

2階にドラマロケ地紹介や地域の歴史展示がありました。

大変見応えのある駅。

ここで、観光案内所に伺い

ダメもとでマンホールカードがないかを確認

すると「砂防カードならありますよ」

えぇ〜っ是非お願いします!と喜ぶと

f:id:habbule-no-neko:20260312204749j:image

輪ゴムでまとめて7枚頂戴しました。

初めてゲットの砂防カードです!

砂防ダムについてご紹介すると

土砂災害から私たちの暮らしを守るため

作られたダム。

崖崩れがありそうな場所・土石流が想定される場所・地滑りが起こりそうな場所・流れが急な所で川底が必要以上に削られるのを防ぎ流れを穏やかにしたい場所など。

災害を未然に防ぐために整備され、

ダムでは都度メンテナンスや

土砂堆積物を取り除く作業が行われています

秋田は日本でも有数の温泉地で

現在6つの活火山がありますが

秋田駒ヶ岳では、

昭和の時代に2度も噴火があり

降灰時の降雨による土石流など防ぐ砂防ダムは、住民の生命を守る大切な施設です。

ちなみに砂防は英語でも「SABO」です。

私の思う砂防ダムの何より魅力的なところは

一つ一つのデザインや構造が違うこと。

それぞれのニーズに合わせ

オーダーメイドで設計される砂防ダムは、

時代によって技術の差が見られたり、

景観に配慮した設計が行われていたり、

それ自体が景観にもなるダイナミックなもの

奥地にあるものが多いので

見に行かなければ見れないものも多いですが

山深い場所で、季節に彩られながら

機能美溢れる美しい姿で存在する砂防ダムは

マニアの方には垂涎の建造物です。

私はマニアというほど詳しくはありませんが

イチオシは

富山県の常願寺川砂防施設の一つ

「白岩堰提」。

カルデラ出口にあり上から落ちてくる岩などが一気に流出しないよう造られた落差108mの砂防堰提は日本最大です。

よければ一度ググってみて下さいませ。

f:id:habbule-no-neko:20260312205048j:image

カード裏にはダムの詳細情報。

ウキウキとカードを握りしめ駅前ターミナルのバス停から乳頭温泉行きのバスに乗車。

f:id:habbule-no-neko:20260308154437j:image

田沢湖に寄って山を登り50分ほどで到着です

乳頭温泉地域に入ると

f:id:habbule-no-neko:20260308154442j:image

それぞれの施設に立ち寄り停車

今回私たちの目的地は終点です。

えぇと、もしかすると

「乳頭温泉」の名前が、

すこぉし気になっていらっしゃる殿方など

おられるかもしれませんので、

由来について少しご説明しておきます。

秋田県十和田八幡平国立公園にある

「乳頭山」のふもとに位置することに由来。この山が女性の乳房に似た形をしていることから名付けられました。

一番有名なのは「鶴の湯」。

藩主湯治の湯でもあり、

こちらのお湯は、ご期待通り乳白色です。

乳頭温泉には

7つの異なる源泉を持つ湯宿があり

各施設を巡る湯めぐり帖などもありますが

冬は移動が大変そうで、一箇所にしました。

定休日などもありますので、訪れる際は

バスの時間や開館時間など詳細確認のうえ

お出かけ下さいませ。

終点「蟹場(がにば)温泉」に到着です。

ここはかつて沢蟹が沢山いたことが由来。

f:id:habbule-no-neko:20260308154448j:image

f:id:habbule-no-neko:20260308154453j:image

これは贅沢に雪見風呂が楽しめそうです!

f:id:habbule-no-neko:20260308154454j:image

蟹場温泉は1846年から続く古くからの秘湯。

宿泊の方もおられ、海外からお見えの方々もたくさんいらっしゃいました。

敷地は広く、いくつも浴場があります

f:id:habbule-no-neko:20260308154457j:image

とりあえず服を着たまま

いったん露天風呂を見に行くことに。

ちなみに唐子の湯は混浴風呂で

夜一部の時間帯が女性専用になるようです

詳細は現地でお確かめ下さいませ。

f:id:habbule-no-neko:20260308154458j:image

さかなクン直筆の、のぼり!

先ほどの辰子伝説で紹介した

辰子母が投げた松明の化身「クニマス」です

やっぱりめちゃくちゃ絵がお上手。

f:id:habbule-no-neko:20260308154503j:image

熊出没が去年はリアルでした。

f:id:habbule-no-neko:20260308154502j:image

ドアを開けると湯ののれん。

f:id:habbule-no-neko:20260308154507j:image

エイッ!と最後のドアを開けると

f:id:habbule-no-neko:20260308154508j:image

温泉!ではなくひたすら続く雪 雪 雪道。

f:id:habbule-no-neko:20260308154513j:image

脇には川なのかなんなのか

なかなかのネイチャーワイルドロードです。

見えなくなるまで歩いたら坂道になっていて

少し先まで偵察に向かった主人曰く

「キミには無理な混浴風呂だわ」とのこと。

じゃ!と雪降りしきるなか

自分だけ入湯するため、坂道を下り

私は元来た道を戻りました。残念。涙

f:id:habbule-no-neko:20260308154518j:image

建物から心細い通路をひとり抜けていきます

f:id:habbule-no-neko:20260308154517j:image

f:id:habbule-no-neko:20260308154520j:image

こちらに女子専用小さな露天風呂があるよう

f:id:habbule-no-neko:20260308154521j:image

でも、あまりにも寒かったので

f:id:habbule-no-neko:20260312214422j:image

ひとまず内風呂へ。

小さな脱衣所に小さなお風呂

こちらには寝湯があったり

お湯の中から窓越しに雪景色も見えてオツ。

はぁぁぁ。沁みます。

お湯は単純硫化水素泉

(たんじゅんりゅうかすいそせん)

蔵王温泉のような強い香りはありませんが

こちらのお湯は、透明な湯に

大量のフワフワした湯の花が漂っています。

蟹場温泉内には何種類も浴場があるので

ここで温まれば、また次の浴場に移動します

ですが、他の浴場に行くには

必ず廊下を使わなければならないので

いちいち着替えなければなりません。

少し面倒ですが、ささっと着替えて移動。

悔しかった露天風呂のリベンジにと

こちらへ移動しました。

f:id:habbule-no-neko:20260308154526j:image

女性専用露天風呂「ひなざくら」

女性専用となっていますが

こちらも夜間男性専用の時間もあるみたい。

こちらの露天風呂は小さく、降りしきる雪で情緒はあるのですが、お湯がヌルイ。

雪見風呂だけ味わい、早々に一番奥の湯へ。

f:id:habbule-no-neko:20260312214510j:image

結果的にこの順番は大正解で

奥のお風呂が一番広くてほどよい熱さ。

こちらでのんびり入湯です。

大きな窓からは雪の森の景色。

グループが来られ、賑やかな時もありますが

途中一人になることもあり

持参したサウナマットをヘリにしき

頭を乗せて、瞳を閉じ湯に身体を預けます。

外の白い雪が

曇り空の、わずかな太陽の光を反射して

木造りの湯気立つ浴場に冬の光を満たします

誰もいなくなったので

浴場内にある大きな岩に

湯だった身体を預け、トトノウ。

心ほどくひと時を過ごしました。

f:id:habbule-no-neko:20260308154531j:image

ふぅ。

ここまでの長い旅路を振り返り、

楽しくも疲れ果てた身体が喜んでいます。

f:id:habbule-no-neko:20260308154537j:image

元来た道を戻り、待ち合わせの休憩室へ。

f:id:habbule-no-neko:20260308154542j:image

そこで買ってあったお握りを、いただかせて頂きました。

万が一に備えて田沢湖駅のコンビニで買ってあったお握りでしたが、宿泊者以外の食事提供はないようでしたので助かりました。

お握りを頬張りながら男湯女湯の感想を交換

主人が一人で楽しんだ唐子の湯は

雪が降りすぎて景色もあまり楽しめず

お湯もヌルかった、とのこと。

女湯の露天風呂も長居できなかったわと

感想を共有。

自然を楽しむ露天風呂なので

それも一つの風情だと思います。

ただ、熱いお湯好きな私たちは共通して廊下突き当たりの浴場が一番良かった印象でした

ちなみに、最後の浴場で

出る時一緒になったおばさまチームのお一人が「着替えるの面倒だからタオル巻いてこのまま走って隣に行くわ!」と仰っていたのが印象に残りました。

気持ちは分かりますが。。。寒いよ笑(そっち)

f:id:habbule-no-neko:20260308154546j:image

さて、バスの時間が近づいてきました。

素人では難しい雪道を、運転手さんはプロのテクニックで駅まで運んで下さいます。

f:id:habbule-no-neko:20260313125754j:image

途中これも砂防ダムかしら

バスではあっという間に通り過ぎてしまいました。

駅に到着しましたが、

電車の時間まで少しあります。

行きに見損ねた駅の中の展示を見学しました

f:id:habbule-no-neko:20260313125753j:image

入場無料で結構本格的な展示です。

仙北市についての紹介エリアですが

その前にまず、仙北市のある

「秋田県」についてご紹介したいと思います

「秋田」の名前は飛鳥時代の土地の形から。

顎(アゴ)に似た形を「齶田(あぎた)」とされ、そこから秋田になりました。(諸説あり)

旧石器時代の遺跡が多数あり、古くから当地にコミュニティがあったようです。

ここからはざっくりした話ですが

今の奈良で大和王権が立ち上がった頃、

戦で東北の地を制圧しようと試みますが

制圧しては反乱が繰り返されます。

中世になり、前回の中尊寺のお話に出てきた

奥州藤原家の初代清衡が一帯を鎮圧し

付近は豪族の支配下となります。

奥州藤原家の繁栄は暫く続きましたが

4代目泰衡の代で源頼朝に滅ぼされ

東北地方は幕府の支配下となりました。

戦国時代には

戦国大名、安東愛季(あんどうちかすえ)が

河川交易の統制強化や港湾の整備を行い

北日本最大の港湾都市となります。

時は移り、江戸時代になり

領民と藩主の結びつきを断ち切り権力を弱め幕府の権力を強化するという配置換え作戦が全国的に行われます。

当地においても常陸(茨城県)からきた佐竹氏が久保田藩(別称 秋田藩)を治めました

明治になり、廃藩置県で秋田県となり

明治大正期には西洋の技術で

鉱山 木材産業 石油産業が発展します。

当時起こった関東大震災では、秋田杉が

東京復興の木材として重宝されたようです。

現在は、あきたこまちなどの農業

そして美しい水があることから電子部品製造も盛んです。

そんな秋田県には

地域の文化に根ざした祭りが目白押し!

国重要無形民俗文化財

悪い子はいねが〜!でお馴染み「なまはげ」

名前の由来は

「冬に囲炉裏(いろり)にあたっていると手足に「ナモミ」 「アマ」と呼ばれる低温火傷(温熱性紅斑)ができることがある。“それを剥いで”怠け者を懲らしめ、災いをはらい祝福を与えるという意味での「ナモミ剥ぎ」から「なまはげ」 」(Wikipedia)とのこと。

raw(生)なbald(ハゲ)ではありません。

他にも

竿燈まつり 横手送り盆まつり 戸﨑巷曳山まつり 一日市盆踊り 能代七夕 花輪ばやしなどなど。

ユネスコ無形文化遺産 国重要無形民俗文化財 秋田県無形民俗文化財の登録が多数あり

国重要無形民俗文化財は全国最多の16件です

ちなみに、秋田といえば大仙市で行われる

「大曲りの花火大会」も有名ですよね

大曲りで花火作りが始まった由来が

なんとも素敵なお話。

先ほどの歴史に登場した佐竹氏が常陸国から秋田へ来る途中、

一行のなかの火術家が大仙市隣の六郷の娘と恋に落ち、秘伝を伝え後に花火を作ることを生業としたことが始まりと伝承されています

恋から生まれた花火は、

その後諏訪神社での祭礼などとともに発展。

明治43年に「第1回奥羽六県煙火共進会」が開催され東北の花火師の技術を一堂に会して競われました。

この時、花火先進地の三河(愛知県)でも

同じように競技会が行われ

それを見た奥羽六県の花火師たちが

負けてはおられぬと競って励んだことが礎となった。と大仙市の案内にありました。

f:id:habbule-no-neko:20260313125757j:image

さて、ここからは仙北市のご紹介です。

仙北市は近年の市町村合併で

田沢湖町 角館町 西木村が一緒になった市

この一帯には縄文遺跡が多数存在しており

なかでも潟前(かたまえ)遺跡と

黒倉(くろくら)遺跡が有名です。

潟前遺跡からは、漁に使っていた銛(もり)が田沢湖周辺で発掘されたりしています。

f:id:habbule-no-neko:20260319144251j:image

ところで、この旅一日目で訪れた新潟県。

実は産油地なんですよとお伝えしましたが

ここ、秋田県も日本の貴重な産油地。

縄文時代には、

ここで採れる天然のアスファルトで矢じりや割れた土器の接合が行われていたそうです。

天然のアスファルトとは、地表に湧き出した原油の軽質分が蒸発し、固まった黒色の天然物質のこと。

昔から油田地帯だった

新潟 秋田 北海道の一部地域では

天然のアスファルトを使った接合が行われており、発掘調査で近隣地域にも流通していたことが分かっています。

実は実家の母が大変仲良くさせて頂いている方のご主人様は大学で「接合技術」について研究されておられた方で大学の名誉教授でもあられた方。

ご退官後に著された最近のご著書の序論で

人類の接合の歴史に触れた箇所があります。

それによると

有史以前は「素材である石、銅、鉄などを適当に「切る」こと「くっつける」ことが最も主要な加工技術であった」とあり、

紀元前3000年頃にはメソポタミアやエジプトで「金属を接合する方法として鍛接、リベット接合、ろう付けが用いられ」ていたらしい

日本で古代、接合の材料として採取された「天然のアスファルト」は

まだ技術の発展をみない当時の日本において

大変貴重だったのではないかと思います。

古代の日本人たちが

どれほど切ったりくっつけたりすることに

苦労していたか、興味が湧いた方は

是非、YouTube「週末縄文人」チャンネルをご覧下さいませ。

スーツを着て週末だけ縄文人をされてる方々の奮闘ぶりに非常に多くを学べるチャンネルです。

ちなみに、当時珍しかったアスファルト。

7世紀に書かれた『日本書紀』には

越の国(新潟県)から「燃える土」として

天智天皇に献上された記録があるそうですよ

f:id:habbule-no-neko:20260319144250j:image

そしてもう一つ。

仙北市で有名なのは「玉川ダム」

f:id:habbule-no-neko:20260319144254j:image

ダム上流に「玉川温泉」という温泉があり

ここで噴出しているお湯は

超 スーパー ハイパー 強酸性泉。

「胃液か塩酸か」という比喩で紹介される水は、古くからこの地域の悩みのたね。

生き物は生息できず、田畑の水にも使えず

「玉川毒水」と言われるほどです。

その源泉湧出量は1箇所の湧出量で日本一。

そこで採取される「北投石」という石は

微量の放射線ラドンを放出する希石で

世界でも台湾の北投温泉とここ秋田玉川温泉の2箇所しか採れません。

そんな独特で強力な玉川温泉の毒水を

何とかして使える水にしようと作ったのが

玉川ダムです。

実はダムを作る前に田沢湖に引き入れて

大量の湖の水を使って中和しよう!

という取り組みが行われました。

しかし、その結果

田沢湖は酸性の湖になり

たくさんの生物が息絶えてしまいました。

玉川の水、恐るべしです!

田沢湖の辰子伝説では「クニマス」が

「田沢湖固有の魚」と紹介しましたが

実はこの時、湖が酸性になったことで

「クニマス」は、絶滅してしまいました。

けれど、後日

そのクニマスが山梨県西湖で発見されます。

実はかつて

クニマスの卵を西湖に移植したことがあり、それが生き延びていたようで

西湖ではクロマスと呼ばれ繁殖していたのを

後にそれがクニマスであると証明されるのに

さかなクンが関わっていたそうです。

なるほど、それで蟹場温泉にイラスト付きののぼりが展示されていたんですね!

f:id:habbule-no-neko:20260319162921j:image

深い田沢湖の水深がクニマスの生息にとって大切だったようで、西湖も深い水深を持つ湖

現在、クニマスを田沢湖に戻そう!

という取り組みが行われているようですが、残念ながらまだまだ酸性の強い田沢湖で繁殖するのはムリなようです。

そんな超スーパーハイパー強酸性の玉川の水

現在は、上流で石灰を混ぜ中和させ

さらに

玉川ダムのダム湖「宝仙湖」で撹拌中和し

そうして下流に流すことで

使える水になりました。

宝仙湖に流れ込む水は大量の石灰を含むため青白い色をしているそうです。

f:id:habbule-no-neko:20260313125814j:image

駅で仙北市のすべてが学べるいい施設でした

さて、あと少しこの辺りを周れそう。

すると主人が「角館」に行ってみない?と。

桜が本当は有名らしいけど、武家屋敷とかあるらしいよ。

ふ~ん。と駅でピックアップした角館(かくのだて)の紹介パンフを見ると美味しそうなパフェの写真が。

武家屋敷よりパフェパフェ!

f:id:habbule-no-neko:20260313125813j:image

ということで、角館に来ました。笑

f:id:habbule-no-neko:20260313125817j:image

駅前は風情たっぷり。

自転車置き場も武家屋敷風です。

f:id:habbule-no-neko:20260313125820j:image 

パフェは駅から徒歩4分。

f:id:habbule-no-neko:20260313125821j:image

すると早速マンホール発見。

パフェ早く食べたいですが、

先に角館をご紹介せざるを得ません。

もうちょっと待っててね。笑

さて、

角館は桧木内川と院内川が合流する角の地に館(角館城)があったことに由来します。

江戸時代

芦名氏により碁盤の城下町が整備され、

後に佐竹北家が治めた折に

公家出身の正室が京都を懐かしんで八坂神社から取り寄せた桜の苗木を、この地に植えた事から桜の名所となり、その景色から

「みちのくの小京都」と呼ばれています。

見つけたマンホールに描かれているのは

「角館曳山まつり」

江戸時代初期から400年ほど続くお祭りで

ユネスコ無形文化遺産。

9月7日から9日にかけて行われ、各丁内から18台の曳山が出て町を練り歩きます。

曳山には歌舞伎の一場面や歴史上の人物などの人形が飾られており

面白いのは、ヤマ同士が鉢合わせした時。

代表者が膝を突き合わせて話し合い

どちらを先に通すか決め

決着がつかなかったらヤマとヤマをぶつけて勝った方が先に通るというルールがあること

いったい何を話し合って決めるのか謎です。

「小6でまだおもらししとったんバラすぞ」

とかで交渉するんでしょうか。それとも

「頼むわ通してくれたら今度アイスおごるし」

とかでしょうか。

アイスならまぁ、譲るかなぁ。笑

祭りの様子は

「角館曳山まつり」YouTubeで。

ということで、もういいかしら

パフェ楽しみすぎて早足です。笑

f:id:habbule-no-neko:20260313125825j:image

フルーツパーラー角館「さかい屋」さん。

f:id:habbule-no-neko:20260313125826j:image

さかい屋さんは果物屋さん。

旬の果物の一番美味しいところを

パフェにして下さいます。

選んだのは「柿」と「葡萄」

f:id:habbule-no-neko:20260313125829j:image

f:id:habbule-no-neko:20260314123731j:image

もうそろそろおしまいなのよ、と言って

出してくれた柿のパフェが本当に絶品でした

f:id:habbule-no-neko:20260313125833j:image

家帰って柿のパフェ作るわ!とトライも

f:id:habbule-no-neko:20260323114140j:image

あの甘さにはかないませんでした。惨敗!

さて、引き続き街並み探検です。

f:id:habbule-no-neko:20260322213632j:image

f:id:habbule-no-neko:20260313125834j:image

新潮社記念文学館。

新潮社の創設者、佐藤義亮(ぎりょう)氏は角館の出身です。 

残念ながら休館日でしたが、壁には本が。

f:id:habbule-no-neko:20260313125838j:image

新潮社の文庫第1号は

川端康成「雪國」でした。

f:id:habbule-no-neko:20260313125839j:image

もうそろそろ駅に戻らなくてはならない時間

少し早足で歩いていると

素敵な伝統工藝のお店を発見。

「藤木伝四郎商店」

そういえば、樺細工はこの地の名産品です。

f:id:habbule-no-neko:20260320172808j:image

樺細工といっても白樺、ではなく

「桜の樹皮」を使ってつくります。

この地を治めていた佐竹北家の手判役(下級役人)藤村彦六によって伝えられ、その後

下級武士の副業として育まれてきました。

f:id:habbule-no-neko:20260320172807j:image

ここで、私が購入したのは上の四角盆。

樹皮により模様が違うので散々悩んでしまい

そろそろ行かないと電車に間に合わないよと急かされたのですが

最後に主人も素敵なお箸を見つけて(↑右)

二人で散々悩んで決定。笑

お店を出るとダッシュで駅に向かいました。

f:id:habbule-no-neko:20260323182656j:image

駅はライトアップされていい感じ。

f:id:habbule-no-neko:20260313125849j:image

はぁはぁ、間に合ったよね!

と走り込みましたが、ん?

15:51発がまだ到着してない様子。

どうやらまた秋田新幹線がまたストップしているようです。

主人は予約していたチケットを取り直し。

私は駅ナカのショップでお買い物です。

f:id:habbule-no-neko:20260313125852j:image

へぇ!12月8日は病焼きの日なんですね。

結局1時間ほどして運行再開。

f:id:habbule-no-neko:20260313125901j:image

車内では恒例、打ち上げの宴です。

f:id:habbule-no-neko:20260313125904j:image

なんとか無事仙台に帰ってきました。

f:id:habbule-no-neko:20260313125905j:image

今日も疲れた〜っ!!

思っていたより遅くなったことと

連日のご馳走で野菜不足。

晩ごはんは野菜が食べたい!!

と、野菜数種類とマグロを買い

ホテルに戻って晩ごはんにしました。

f:id:habbule-no-neko:20260313125908j:image

束の間ホッとして食べ終わるとパッキング。

旅も後半に突入し洗濯物など送り返します。

明日は2泊した仙台から青森に移動の予定。

その後青森から楽しみにしている「リゾートしらかみ」に乗って秋田を目指します。

いよいよ本州最北の県。

私の青森体験は修学旅行奥入瀬に行ったきり

大人になって訪れる青森県楽しみです。

秋田市内では旅の終わりにのんびりしようと

2泊ほど、ラウンジもある少しいいホテルで旅の打ち上げをする予定です。

仙台のホテルはそこそこいいホテルですが

実はここまでの宿泊はお安いホテルばかり。

どうせ寝るだけだからとそうしたのですが

夜中3時に上階の人がeスポーツを始めたり

(そうとしか思えないバタバタが30分続く)

廊下で夜中1時に「助けて〜!」と叫ぶ声が聞こえたり(怖すぎてムリ!)

夜中もう何時かわからないけど大喜びの人々が廊下ではしゃいだり。(勘弁して下さい涙)

宿泊地を変えるたび毎日そんな騒動で

ほとんどゆっくり眠れていませんでした。

秋田では、どこかいいサウナを探して

ラウンジでゆっくりお酒飲もうね〜!

と、楽しみにしていました。

ちなみに豆知識。

夜中に「助けて〜」と叫んでも、絶対に誰も助けに来てはくれません。

消防に勤めていた義父が教えてくれたのは

「怖い時助けてほしかったら、火事だ〜!と叫ぶこと。強盗は怖いから誰も助けてくれないけど、火事は自分も危険だから絶対みんな家から出てくる」とのこと。

確かに。。

今夜はゆっくり眠れるといいな

そう思いながら窓から見える電波塔を写真に収めて23時前には就寝しました。

f:id:habbule-no-neko:20260313125911j:image

なんだか建物から小さなクラック音。

また今夜もお隣さんが、、

と思った、23時15分。

大きなJアラート音と共に

ゆらーりゆらーりとした大きな揺れ。

地震!!と二人で叫んだけど一瞬動けず

途中でハッと我に返りドアを開放。

主人は服を着て私にも着るように指示し

そのまま揺れがおさまるのを待ちました。

宿泊していたのが10階で

次第に長く大きな周期で横に揺れる建物は

このままポキンと折れてしまいそうな感覚。

そのうち落ち着いたので服を最後まで着て

上着を用意し、廊下に出て非常口を確認。

主人はテレビで情報収集し

それが青森の地震と理解しました。

マグニチュード7.5 震度6強の揺れとのこと

これは余震くるね、と

フロントに電話して避難経路を再確認

服を着て眠ることにしました。

明日青森に行く予定だったのに。。

でも青森で被害に遭わなかったのは不幸中の幸い。

けれど今頃、青森の方々はどんな思いで夜を過ごしているのだろう。

こんな時どうしてもあの阪神・淡路大震災の恐怖を思い出します。

ベッドの中で着る服もゴワゴワするし、、、

「船の中」のような余震を感じながら

疲れ果てた身体は、明日を迎えるために

いつの間にか眠りについていました。

JR大人の休日倶楽部パス 東北旅4日目 郡山→盛岡→平泉→仙台

f:id:habbule-no-neko:20260220223125j:image

二泊した郡山を出発し、次の宿泊地は仙台。

f:id:habbule-no-neko:20260220223126j:image

郡山は宿泊だけであっという間の滞在でした

サヨナラの車窓は、雄大な山々。

今回は観光できなかったけれど、

お別れを惜しんで

少し郡山市についてご紹介します。

福島県郡山市は、周りを山に囲まれた盆地で

かつては不毛な土地でしたが、

明治時代

国の農業水利事業の第一号として

お雇い外国人ファン・ドールン指揮のもと

郡山市に隣接する、猪苗代湖から水をひき

「安積疎水」(あさかそすい)が完成します

これにより米の生産量が増え

そののち、水力発電所も作られ製糸業が発達

郡山市は経済的に大きく発展していきました

現在、人口は県庁所在地の福島市よりも多く

東北地方第二位。

ちなみに、第一位は今日宿泊する仙台市です

f:id:habbule-no-neko:20260220223128j:image

(↑山の中腹に風力発電)

福島県についても少し。

福島県は奥羽山脈と阿武隈高地によって

大きく3つのエリアに分けられ

太平洋側を「浜通り」

真ん中を「中通り」

日本海側を「会津」

と言い、それぞれ気候に違いがあります。

浜通りは、夏は涼しく冬は晴れる日が多い。

中通りは盆地で、夏は暑く冬は寒い。

会津も盆地だが、

日本海側なので、夏は暑く冬は豪雪。

そして、

海に面した浜通りと

奥羽山脈と阿武隈高地に挟まれた中通りでは

特に風の通りが良く、

風力発電に大変適した立地となっています。

ちなみに郡山市は、「中通り」。

そこで上の写真のような風力発電が立ち並ぶ景色を見ることが出来ます。

初めて見る景色たちを目に焼き付けながら

新幹線に乗り、1時間弱で仙台到着。

仙台駅手前、車窓に

山上の大きな3本の電波塔が見えました。

f:id:habbule-no-neko:20260220223129j:image

これが見えると、「仙台に帰ってきたなぁ」と地元の方は思うんだろうな。

大阪民は、車内で551蓬莱の豚まんの匂いがすると、「あぁ大阪だなぁ」と思うものです。

f:id:habbule-no-neko:20260220223132j:image

ほどなく、仙台駅到着。

昨日ぶり笑

f:id:habbule-no-neko:20260220223133j:image

すぐに、はやぶさに乗り換え

f:id:habbule-no-neko:20260220223137j:image

f:id:habbule-no-neko:20260220223138j:image

乗車すること1時間ちょっと。

f:id:habbule-no-neko:20260220223140j:image

「盛岡駅」に到着です。

今回初めて足を踏み入れる「岩手県」

岩手県についても少しご紹介しておきます。

北海道の次、全国2位の総面積を誇る岩手県

ですが

可住地面積割合は、全国40位。

大きさの割に住める土地が少ないのは

交通インフラの問題が大きいようです。

内陸部では東北新幹線や東北縦貫自動車道で移動が出来ますが、それ以外の地域では交通インフラが未発達で地域間移動するのに峠越えが必要など時間がかかりすぎることが難点のようです。

かつては冷害に悩まされましたが

現在は品種改良により米の収穫も出来て

ブランド牛「前沢牛」は、例のGI産品でもあります。(詳しくは前回のアツいブログを笑)

東日本大震災では、被害の大きかった沿岸部ですが、その地の海の資源は大変豊富ですし

森林地帯の面積割合も大きく、林業も盛ん。

近頃は東北新幹線 東北縦貫自動車道の整備により企業の誘致もして、岩手県の経済活動も活発なものになりました。

深い山々に囲まれ、冬は寒い岩手県では

方言がなかなかのストロングスタイルです。

いりません→い

食べます→く

食べなさい→け

こっちに来なさい→こ

他にも

あべ→行きましょう

ちょす→触る

ごんぼほる→怒る

おだづ→調子に乗る など。

ちなみに

寿司は、「すす」で寿司酢は「すすず」らしく

シブがき隊の「スシ食いねぇ」は

「すすけぇ」となります。

f:id:habbule-no-neko:20260220223142j:image

さて、駅ナカコインロッカーを探していると

f:id:habbule-no-neko:20260220223145j:image

岩手県のキャラクター「わんこきょうだい」がズラリ登場!

猊鼻渓舟下り、虎舞、しし踊り、さんさ踊り

手持ちのひえのコスプレバージョンです。

ウ~ン

関西に住む者としては、いずれも存じ上げず

一つ一つ紐解いていきたいと思います

 

まず猊鼻渓とは

猊鼻渓(げいびけい)は岩手県一関市にある砂鉄川を源流とする渓谷。

名前の通り砂鉄が取れる川

なのですが、砂鉄が取れるということは 

砂金が取れる、ということの目印。

鉄より比重の重い砂金は、砂鉄とセットで

堆積していることが多いようです。

古くから岩手県は、金の産地として有名で

盛岡の「からめ節」の一節に

「田舎なれども南部の国は西も東も金の山」

と唄われるほど。

このあと私たちも訪れる、黄金に輝く平泉の

世界遺産「金色堂」建築には

そういった背景があるようです。

岩手県の伝統工藝「南部鉄器」も

良質な鉄と土を使い古くから作れてきました

f:id:habbule-no-neko:20260305085025j:image

↑我が家の南部鉄瓶。美しく丈夫です。

さて、猊鼻渓を流れる砂鉄川は

最終的に北上川へと合流しますが、

その間、高さ50m以上、長さ2キロに渡り

2億5千万年前にできた石灰岩の厚い地層を

流れる川が侵食して、渓谷をつくりました。

国の名勝とされる「猊鼻渓」ですが

あまりの美しさに、

かつて藩の役人が訪れるたびに「案内しろ」と、地元民に多大な負担が強いられたため

とうとう記録に残すことをやめ秘密にして

長く世に知られることがありませんでした。

そういえば昔、我が家でも

初孫に同じパズルで何度も一緒に遊ばされることに、うんざりした義母が

そのパズルのほとんどのピースを

糊でくっつけたことを思い出します。

ん〜?発想は似てる気がする。笑

世はすすみ、

猊鼻渓で発電所建設の話が持ち上がると

名勝をなくしてはならぬと、観光化をすすめ

名前も上流にある鍾乳石の形から

猊鼻(獅子の鼻)とされ、

明治43年猊鼻渓と公式に名付けられました。

そんな美しい猊鼻渓では、

現在、舟下りが人気だそうです。

 

続いて虎舞。

こちらは岩手県沿岸部に伝わる郷土芸能で

装束が虎なのには意味があり

故事から虎には「火伏せ」や「航海安全」の願いが込められています。

ここはタイガースの聖地、

兵庫県の甲子園でしたっけ。と思うくらい

黄色と黒のハッピに身を包んだ方々が

笛や太鼓とともに張り子の頭と胴幕を操り、虎になりきり踊ります。

 

次にしし踊り。(鹿 獅子とも書く)

鹿や獅子を象った頭をかぶって踊る芸能で

「しし」とは、古くから獣全般をさし

盛岡市の説明によれば

鹿には山から訪れる精霊のイメージがあり、聖獣(獅子)のイメージが重なったものが

しし踊りとされている、とのこと。

始まりは不明だが、その一つとして

仕留められた鹿などの魂の鎮魂のため、

などと言われています。

東北各地で踊られますが、なぜか遠く離れた四国愛媛県の宇和島にもあります。

これは、宇和島藩の初代藩主が

仙台、伊達政宗の息子 秀宗だったから。

郷里を懐かしみ取り入れたということです。

 

次にさんさ踊り。

岩手県では「三ツ石伝説」という話があり

江戸時代、

鬼が人々を困らせていたのを退治して欲しいと三ツ石神社の神様に祈ったところ

神様は「二度と悪さをしない」と鬼に誓わせ

その証に三ツ石(巨石)に手形を押させた。

人々はそれを喜び「さんささんさ」と踊った

というのが起源です。

「さっこらちょいわやっせ」の掛け声と共に浴衣を着た人々が太鼓を叩きながら踊るのは最も多い数の「和太鼓同時演奏」として

ギネス記録に認定されています。

言葉の意味は、「幸せを呼ぶと来るんだよ」

という意味。(幸呼来さっこら)

ちなみに

「岩手県」の名前の由来は三ツ石伝説から。

岩に手形を押した→岩手なんですって。

なるほど!

 

最後にひえ。

日本史において「ひえ あわ」と聞くと

「貧しさ」という言葉を連想します。

「昔、お米を食べることの出来なかった人々は稗(ひえ)や粟(あわ)を食べてしのいでいました。」と歴史の教科書で学びました。

ひえはその名の通り、

「冷え」た寒冷地でも生育することから

古より寒冷地岩手県で作られてきた作物です

現在も稗(ひえ)日本一の生産量を誇ります

けれど、今の時代。

ヒエは世界のセレブリティに愛される

「スーパーフード」!!

(↑発音よくお願いします笑)

高いミネラルと栄養価 グルテンフリーにも対応と「意識高い系」の人々の健康の源です

価値観の変化でモノの価値が変わる典型。

f:id:habbule-no-neko:20260220223147j:image

長くなりましたが

大体、岩手県のイメージが掴めたでしょうか

ここからは、盛岡探検に向かいます。

f:id:habbule-no-neko:20260220223149j:image

が、ちょっとだけ駅を鑑賞させて下さい笑

はい。独特な黄色です。

これは、JR盛岡支社のコーポレートカラーが黄色であることや、雪深いこの地域で視認性を高めるためなんですって。

虎踊りといい、

ちょいちょいタイガース感を感じます。

次に盛岡の場所について。

盛岡市は県庁所在地であり

東北新幹線で移動してきたことからもお察しの通り、岩手県の内陸部にあります。

f:id:habbule-no-neko:20260304231842j:image

県庁所在地だけあって街が広いので

観光は、バスで移動します。

最初に向かったのはこちら。

f:id:habbule-no-neko:20260220223154j:image

「岩手銀行赤レンガ館」

f:id:habbule-no-neko:20260220223158j:image

アレに似てますよね。

そう、日本の近代建築の祖

東京駅でお馴染み、辰野金吾の建築です。

明治44年(1911)竣工の国指定重要文化財。

元盛岡銀行。現在は岩手銀行赤レンガ館です

f:id:habbule-no-neko:20260220223157j:image

f:id:habbule-no-neko:20260220223201j:image

ちょっと山小屋風にも見えるのは雪深いこの土地ならではのアレンジなのかしら。

実際使用されているかは素人なので分かりませんが、岩手県の県木は「アカマツ」。

岩手県は山深い場所が多くあり、

木材の調達はお手の物の立地です。

f:id:habbule-no-neko:20260220223202j:image

f:id:habbule-no-neko:20260228150944j:image

f:id:habbule-no-neko:20260228150943j:image

f:id:habbule-no-neko:20260228150947j:image

装飾も見事!階段降りる途中でいちいち立ち止まって眺めてしまいます笑

f:id:habbule-no-neko:20260228150948j:image

木枠の窓越しの風景も郷愁を誘うもの。

昔からここはメイン通りだったからこそ

ここに銀行が建てられたのでしょう。

岩手県名前の由来になった「さんさ踊り」も

赤レンガ館前をパレードが通るようです。

f:id:habbule-no-neko:20260228150800j:image

1階はイベントスペースとしても使用でき、

市民に開かれた場所になっています。

建物は中津川のほとりにあり、

f:id:habbule-no-neko:20260228151129j:image

上流には美しい山が見えます。

この川と山の景色

そして変わらぬ自然の隣に佇む赤レンガ館は

盛岡の人々、そして私達旅人の心に残る風景

f:id:habbule-no-neko:20260228151335j:image

近くにあるマンホールもご紹介しましょう。

f:id:habbule-no-neko:20260220223213j:image

マンホールカードにもなっているさんさ踊り

雪國らしくドットたっぷりで滑りにくくなっています。笑

消火栓も同じくドッツ。

f:id:habbule-no-neko:20260220223214j:image

菱形二つが直角に交差したマークは盛岡市章

菱形は、清和源氏の系統が

家紋として使用しており

江戸時代に盛岡藩主だった南部家が

甲斐源氏の一族であったことを表しています

また、

南部家の紋章が「鶴」だったことから

折りづるを図案化したようにも見える

ともされています。

マンホールを眺めながら川沿いに遡上すると

素敵な洋館があります。

f:id:habbule-no-neko:20260228160202j:image

「もりおか 啄木・賢治青春館」

f:id:habbule-no-neko:20260220223218j:image

ちなみにこの建物横の柳は、銀座のもの。

かつて石川啄木は銀座にあった朝日新聞社で勤務しており、そのご縁で寄贈されました

f:id:habbule-no-neko:20260220223219j:image

建物は旧第九十銀行本店だったこともあり

立派な金庫の扉も拝見出来ます。

一階は、展示とカフェ。

店名は石川啄木の処女詩集から「あこがれ」

そしてメニューは

宮沢賢治の農業の精神を活かして酪農を行う田野畑村のミルクで作る田野畑アイスなど。

田野畑村とは岩手県海岸沿いにある村です。

最初の県紹介でも書きましたが

海側と内陸部の間には、深い山々が連なり

横の移動が難しい県。

海岸沿いでも宮古まで行くと106特別急行というバスがあり、

震災後出来たトンネルを使って真っ直ぐ内陸にある盛岡まで入るルートもあるようですが

田野畑村からのアクセスはどうなっているのでしょうか。

盛岡までアイスクリームを運搬する困難さを考えれば、ここで食べておけば良かったと

少し後悔しています。

f:id:habbule-no-neko:20260220223223j:image

一階の展示の一つ、宮沢賢治の詩の一節。

「雨ニモマケズ風ニモマケズ。。」

比較的裕福な家に生まれたにも関わらず

自己犠牲の精神を持ち、仏教に帰依した賢治

教師生活ののち、農業に勤しみ

「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」などの作品を遺しました。

それに対して

「はたらけどはたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る」

と、お寺の息子として生まれたにも関わらず自己中心的な暮らしをし貧しさに喘ぎながら生きた石川啄木。

「一握の砂」などで日常生活の悲哀や郷愁を率直に歌にして遺しました。

f:id:habbule-no-neko:20260220223224j:image

啄木と賢治。

2人は同じ旧制盛岡中学を卒業しています。

啄木の方が10歳年上。

そして二人とも病気の為

啄木26歳、賢治37歳と

若くして亡くなっています。

f:id:habbule-no-neko:20260220223227j:image

一階の展示室には国語の授業で習った有名な本たちが展示されていました。

f:id:habbule-no-neko:20260220223228j:image

まさか実物を見る日が来るとは!

国語大好きっ子だった私としては感慨深い。

改めて展示されている説明や作品に触れて

その一つ一つの持つ言葉のチカラに

圧倒されました。

大人になって、試験と関係なく純粋に作品に触れる体験は貴重な時間でした。

f:id:habbule-no-neko:20260220223234j:image

さて、次は恒例

マンホールカードをゲットしに向かいます。

近頃、観光にうつつを抜かしていると

主人の方から

「カード貰いに行かなくていいの?」と

気を利かせてくれるようになりました。

着々とマンホーラーの相方として

成長して下さっています。ありがたや。拝

f:id:habbule-no-neko:20260220223235j:image

盛岡歴史文化館。

お土産が充実したショップもありました。

配布場所はもう一箇所ありますが

それはランチのあとで。

f:id:habbule-no-neko:20260220223237j:image

徒歩で移動し

盛岡名物「ジャジャ麺」を頂きに向かいます

f:id:habbule-no-neko:20260220223239j:image

有名店はいくつかありますが、

今回向かったのはこちら。

f:id:habbule-no-neko:20260220223244j:image

「白龍(パイロン)」

雨のなか、結構並んでの入店でした。

f:id:habbule-no-neko:20260220223243j:image

f:id:habbule-no-neko:20260220223248j:image

上のお味噌を全部混ぜて頂きます。

最後に生卵をお願いして茹で汁をかけて混ぜ合わせてから食べきります。

食べてる途中の写真はちょっと美しくないので撮影していません。

お酢やラー油など様々自分好みに調整するのが楽しみでもあり、難しいようです。

何度か食べて自分好みの調合を見つけられるようで、1回目の私たちは正直微妙。

ですが、素朴なお味で美味しく頂きました。

f:id:habbule-no-neko:20260220223247j:image

お店を出て歩くとさんさ踊りのマンホール。

近くにある盛岡城の石垣と北上川 岩手山。

市の花カキツバタ 盛岡で有名な花崗岩を割って咲いた石割桜。盛岡地裁内にあるらしい

f:id:habbule-no-neko:20260220223251j:image

白龍の近くには櫻山神社があります。

ここは、鳥居右手に見えている巨石が有名。

そこから歩いてほどなく

パルクアベニュー・カワトク。

地元の百貨店で、ここでマンホールカードをゲットします。

f:id:habbule-no-neko:20260220223254j:image

f:id:habbule-no-neko:20260302110313j:image

(左カワトク 石割桜 開運橋 岩手山)

(右歴史文化館 さんさ踊り マンホールをさんさ太鼓に見立てたデザイン)

f:id:habbule-no-neko:20260220223255j:image

開運橋ってどこ、と思っていると駅まで歩く道すがら、ちょうど「開運橋」を通りました

この橋は先ほど巡ったお城のあった地域

つまり、県庁 市役所 銀行 百貨店などがある盛岡市内と盛岡駅をつなぐ橋で

その間を北上川が分断しています。

別名「二度泣き橋」。

一度目は地方に飛ばされた会社員が泣きながら渡り、二度目は本社に戻る時に温かかった盛岡の人々や街と別れたくないと泣く。

と言われています。

f:id:habbule-no-neko:20260220223257j:image

市街地から30分ほど歩いて、盛岡駅に到着。

次は世界遺産「中尊寺金色堂」がある

平泉を目指します。

f:id:habbule-no-neko:20260220223259j:image

車内ではおやつパーティー。

岩手の醤油団子 江刺リンゴジュース

千秋堂のバター餅。

どれも素朴で美味しいおやつでした。

f:id:habbule-no-neko:20260220223302j:image

途中北上駅で在来線に乗り換え。

f:id:habbule-no-neko:20260220223303j:image

駅には盛岡駅でわんこきょうだいがコスプレしていた「鹿踊(ししおどり)」の装束が展示されていました。

f:id:habbule-no-neko:20260220223306j:image

あとでYouTubeで拝見しましたが

しし踊りには流派があり、地域によって装束も少しづつ違うみたい。

f:id:habbule-no-neko:20260220223308j:image

ローカル線に乗り換えて

f:id:habbule-no-neko:20260220223310j:image

30分ほどで平泉駅到着です。

f:id:habbule-no-neko:20260220223311j:image

世界遺産の最寄り「平泉駅」

f:id:habbule-no-neko:20260220223314j:image

世界遺産と聞いて、すごい盛り上がりを想像していましたが大変静かな町。

ここからはタクシーで移動しました。

f:id:habbule-no-neko:20260303085248j:image

めちゃくちゃ木のマーク笑

そう、中尊寺は山の中にあります。

けれど歩道は整備されているので歩きやすい

でもスーツケースを持って移動するのは

坂があり、少し難しそうです。

f:id:habbule-no-neko:20260303085247j:image

私たちは山の上にある「坂の上駐車場」で降ろして頂いたので、本堂を見てから坂を下り本来スタート地点となる第一駐車場へ向かうルートとなりました。

ではまず、中尊寺についてご紹介。

創建は嘉祥3年(850)

比叡山の天台宗第3代座主、慈覚大師円仁によって開山されたことになっていますが

いわゆる「勧進開山」。

勧進開山とは、本来開山した僧ではないが、その功績などを称え開山とすること。

円仁開山としたのは、彼の教えを汲んだ人々であるとされています。

実際、中尊寺を立派な寺院に造り上げたのは奥州(ほぼ今の岩手県)藤原家初代当主、

藤原清衡(きよひら)。

彼の人生は前半、骨肉の争いに満ちたもので

親族に家族を殺され、殺した相手を殺すなど

悲壮な戦の日々の末、覇権を手に入れました

その戦没者の供養と自らの極楽往生を祈り

平泉の地を政治文化の中心として

今の中尊寺の原型を造営しました。

2代目基衡の代で仏教文化は花開きますが

3代目秀衡の代に源頼朝と仲違いした源義経をかくまうこととなり、

4代目泰衡の代に頼朝に討たれ

泰衡は首を斬られます。

今も金色堂には清衡から3代にわたるミイラ

そして4代目泰衡の首級(しゅきゅう 頭部)が納められています。

その後、時代に翻弄されながら寺院は荒廃。

しかし、江戸時代になり当時仙台藩領であった平泉を、歴代の藩主たちが手厚く保護し

近代においては貴重な文化財世界遺産として大切にされています。

ところで、

首を斬られた4代目泰衡ですが、

今の秋田県比内(大館市)で首を斬られ、

頼朝により鎌倉にて晒し首にされます。

しかし、翌年頼朝は「奥州藤原家の正統な当主としての供養」を行うためその首を中尊寺に戻し供養しました。

なぜ頼朝がわざわざ泰衡を供養をしたのか。

歴史の解釈は様々ありますが、

新たにその地を支配するために

その地で覇権を奮っていた者に礼を尽くして弔うことが新しい支配体制にスムーズに移行するために必要だったなど。

政治的意図をもって行われたのではないか

など、言われています。

そして、その供養が誠意をもって行われたとされる証拠があります。

その証拠とは「蓮(ハス)の種」。

泰衡公の首桶には、頭部と共に

約100粒の蓮の種が納められていました。

f:id:habbule-no-neko:20260303085251j:image

これがどういう意味なのか。

中尊寺 奥山貫首によれば

「泰衡公が討たれた秋田県比内(大館市)地方では、古来より大切な方の柩には七種の種を入れて葬るのが習わしとされ、今でも守られていると伺いました」(中尊寺HP貫首法話)

蓮の花は仏教においては極楽浄土に咲く花。

首桶に納められた種は「慰霊の真心が込められた蓮の種」だったのではないかと記されていらっしゃいます。

そしてその種は

なんと800年の時を経て、開花に成功。

現在、中尊寺ハス 大池ハスとして

季節になると、美しい花を咲かせています。

f:id:habbule-no-neko:20260304153623j:image

f:id:habbule-no-neko:20260303085256j:image

さて、いよいよ

黄金に輝く金色堂をご紹介致しましょう。

f:id:habbule-no-neko:20260304185543j:image

お堂の中は撮影禁止につきSNS用の映エリアの写真で、何卒お察し下さいませ。

金色堂は中尊寺の最初期

1124年に初代藤原清衡が建立した

平安時代後期の建築です。

なんと、国宝建造物指定 第一号!

輝く螺鈿細工 象牙 漆 宝石で装飾され

建物全体に金が施されています。

現在まで遺ることができたのは

1288年、頼朝の死後

鎌倉幕府が「覆堂(おおいどう)」と言われる

金色堂の周りを、さらに覆うお堂で保護したことが大きな要因であり

現在はさらにそれをコンクリートで覆う

「新覆堂」の中で、保護されています。

雨がパラパラしていましたが、覆堂のなかで落ち着いて拝見することが出来ました。

豪華さに圧倒されて、帰途につきます。

f:id:habbule-no-neko:20260303085301j:image

帰り道、金色堂の他にも多数お堂などが点在

その道中は江戸時代仙台藩により整えられた杉並木です。

f:id:habbule-no-neko:20260303085306j:image

第一駐車場に降りてきました。

f:id:habbule-no-neko:20260303085308j:image

ここで主人がタクシーを呼んでいる隙に

私はお土産物屋さんで衝撃の出会いをし

こちらを購入します笑

f:id:habbule-no-neko:20260304154918j:image

義経をかくまった3代目秀衡により発展した

「秀衡塗(ひでひらぬり)」。

京都から職人を呼び寄せ

岩手特産の漆と金から作らせた漆器です。

昔私にお料理を教えて下さっていたN先生が

秀衡塗のお椀を愛用されており、

私もいつか手にしてみたいと憧れていました

入ったお土産物店で売れ残り

隅っこで埃まみれになっていたのを発見。

これって秀衡塗の新品ですよねぇ

とお店の方に恐る恐るお聞きすると

「最近の方はこういうのに興味がないみたいでねぇ。ずーっと置いてるんだけど売れないから。今の価格からしたら半額くらいのお値段なんだけど。」とのこと。

買います買いますっ!と憧れの秀衡塗を

お安くゲットさせて頂きました。嬉しい笑

f:id:habbule-no-neko:20260303085310j:image

これからまだまだ旅は続くのに

またこんなかさばるもの買って、どうやって旅を続けるつもりかと。

旅するたびに、思いもかけない大きなものを買っては迷惑をかけられてきた主人の愚痴をホントごめんね〜とウキウキで受け流す私。

危うく揉めるところでしたが、

タクシーが到着し、

運転手さんの楽しい話題に助けて頂きました

ちなみにその話題↓

私たちが大阪から来たと聞いて。。

「大阪から来た観光客のご夫婦を乗せてたら

その奥様が「えろう〇〇やったわぁ」て

「エロウ」を連発されてて、

僕そんなエロないけどなぁ。

とちょっと恥ずかしかったです。」って笑

大阪で「えらい」とは、「非常に」ということ

標準語では、「すごく」にあたります。

f:id:habbule-no-neko:20260303085312j:image

楽しい話題を提供して頂きタクシーを下車。

その後電車の出発時刻まで 

待合にあったショップを見ていると。。。

f:id:habbule-no-neko:20260304160420j:image

主人がニヤニヤしながら左の秀衡塗のお箸を持参。「買っていい?」

静かに頷くワタシ。笑

f:id:habbule-no-neko:20260303085313j:image

さて、お互い心も満たされ電車に乗車。

f:id:habbule-no-neko:20260303085316j:image

一ノ関で、はやぶさに乗り換えます。

駅なかでこんなものを展示していました。

f:id:habbule-no-neko:20260303085321j:image

ん?

こここっ!これは〜っ!!

International Linear Collider

通称「ILC」のPR展示!

宇宙創生の謎を解く次世代加速器として

現在、岩手県宮城県が誘致活動中です。

両県にまたがる活断層のない花崗岩が50キロに渡り分布している、北上山の地下深くが

その候補地に挙げられています。

地下に作られる加速器のなかで

粒子を衝突させ未知の素粒子を見つけるのが目的。

2024年、仙台でも新しくナノテラスという

加速器のある施設が開設運用されています。

f:id:habbule-no-neko:20260303085322j:image

f:id:habbule-no-neko:20260303085325j:image

なかなか巨額の投資が必要なため難しいようですが、是非とも頑張って欲しいものです!

f:id:habbule-no-neko:20260304224022j:image

いいもの見られたわ♪と感慨深く

ここから、はやぶさで仙台に戻ります。

車内では、笹かまぼこで宴です。

一番絞り岩手県のホップが効いた限定ビール

実は岩手県は日本のホップ生産量第1位。

こちらは賢治が愛した遠野で栽培されているものを使用しています。

あまりの美味しさに旅から帰宅後も我が家のブームになりました

f:id:habbule-no-neko:20260220223533j:image

f:id:habbule-no-neko:20260220223532j:image

30分ほどで仙台に到着。

ホテルに向かう途中、仙台市ガス局の蓋。

f:id:habbule-no-neko:20260220223536j:image

仙台は別名「杜(もり)の都」

と言われるほど緑豊かな街。

それを意識しての緑色でしょうか。

仙台が、杜の都と言われるゆえんは

伊達政宗が飢餓に備えて果樹や防風防火の為竹や杉を植林するようにと奨励したから。

植えられた木々は、その後成長を続け

仙台の緑を濃くすることになりました。

さて、ホテルにチェックインしたら

昨日のバスで知った仙台光のページェントに出かけます。

f:id:habbule-no-neko:20260220223537j:image

f:id:habbule-no-neko:20260220223541j:image

f:id:habbule-no-neko:20260220223542j:image

人混みのなか苦労しながらの撮影。笑

でも、美しさは多少お伝え出来たでしょうか

さて、お腹ぺっこぺこです。

晩ごはんはホテルの方が勧めて下さった

アーケード商店街にあるお料理屋さんへ。

f:id:habbule-no-neko:20260220223545j:image

道中、東北三大祭の一つ仙台の七夕祭りの蓋

f:id:habbule-no-neko:20260220223547j:image

こちらは青葉城と言われる仙台城と広瀬川

そして杜の都のゆえん、植林された竹林です

f:id:habbule-no-neko:20260220223551j:image

長い商店街は、東北大学生と思われる学生もたくさん。ですが、

皆さん静かに談笑して通り過ぎていきます。

校風でしょうか。

f:id:habbule-no-neko:20260220223556j:image

お夕食はこちら2階の「蔵の庄」。

地元のお食事を出して下さる居酒屋さんです

f:id:habbule-no-neko:20260220223559j:image

寒かったねぇ!と熱燗を。

主人セレクト「田酒」です。

f:id:habbule-no-neko:20260220223600j:image

いろいろ頼んで食べましたが

f:id:habbule-no-neko:20260220223603j:image

今回私が是非とも頂きたかったのがコチラ↓

f:id:habbule-no-neko:20260220223604j:image

そう!セリ鍋です。

f:id:habbule-no-neko:20260220223606j:image

鶏肉とセリをお出汁のつゆで頂くお料理。

f:id:habbule-no-neko:20260220223607j:image

最後は卵を入れてお雑炊にします。

セリ鍋を知らなかった主人は

初め乗り気でなかったのですが、

一口食べてセリ鍋の虜に!笑

後日、友人に話すと

うちは秋田からセリを取り寄せてセリ鍋にするよ。秋田のセリは知られてないから仙台よりちょっと安くつくんだと裏情報も教えてくれました。

これで自宅でも作れます。笑

美味しく頂きポッカポカ。

このあと歩いてホテルに帰りバタンキュー。

今日も合宿風味たっぷりの

盛りだくさんな一日でした。

そろそろ旅の疲れもピークだわぁ。。。

明日はのんびり温泉にでも

浸かりに行きましょう!

果たして「ノンビリ」となるのか。

結果としては一番緊迫した一日となりました

次の旅も是非ご一緒に

何卒よろしくお付き合い下さいませ。

JR大人の休日倶楽部パス 東北旅3日目 郡山→山形→蔵王→仙台→郡山

f:id:habbule-no-neko:20251217222242j:image

ホテルから郡山駅までの道のりは

長い繁華街を抜けて行きます。

早朝の誰もいない通りは

昨夜の喧騒の気配残る道のりでした。

今日の目的地は

蔵王の雪景色と温泉

福島県から山形県へ新幹線で移動します。

関西からは、はるか遠い秘境の蔵王。

いよいよ東北旅らしくなり、大変楽しみです

新幹線の出発まで少し時間があったので

駅ナカのショップでお買い物。

地元の銘菓を買い、おやつの準備は完璧です

f:id:habbule-no-neko:20260211225703j:image

ここでも多種多様なダルマ。

f:id:habbule-no-neko:20251217222400j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208220857j:image

甘いものも買い込んで

乗車する新幹線をホームで待ちます。

すると、向こうから新幹線が見えた。。

と思ったら、ものすごい圧と轟音と共に

一気に駅を通過していきます

そう、郡山の駅は新幹線の通過でも有名。

f:id:habbule-no-neko:20260208220902j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208220905j:image

「はやぶさ」や「こまち」などが、

時速320キロで通過していく郡山駅。

駅に終わりのみえぬ長い車体が突っ込んで

凄まじい迫力で突き抜け、去ってゆく姿は

そのエレガントな流線型をもってしても 

拭い去れない、雄々しさを感じます。

f:id:habbule-no-neko:20260212142231j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208220906j:image

そんな通過を楽しんでいるとやまびこ到着。

いよいよ雪深い蔵王へ出発です。

天気は最高!

f:id:habbule-no-neko:20260208220908j:image

向かうほど、雪景色が濃くなります。

f:id:habbule-no-neko:20260208220909j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208220911j:image

豪雪地帯の雪崩を防ぐシェッド。

f:id:habbule-no-neko:20260208220912j:image

冷たいはずの川の流れが、動くもののない

端正な雪の風景のなかで血潮の如く流れ

生きる地球の、生命の営みにみえます

f:id:habbule-no-neko:20260208220919j:image

あれが目指す蔵王の山々かしらと思う頃

f:id:habbule-no-neko:20260208220920j:image

山形駅到着。

ここから山頂までバスに乗り換えます。

f:id:habbule-no-neko:20260208220923j:image

バス停へ向かう途中、

今回の旅で、大変楽しみにしていた

「ずんだシェイク」を発見。

「名物は、見つけた時に頂くべし。」

(個人的格言w)

うーん、想像以上に美味しい!

f:id:habbule-no-neko:20260208220924j:image

ここからは蔵王行きのバスに乗車します。

並んで待っていると、隣のバス停は仙台行き

たくさんの人が並んで乗っていきました。

へぇ、

そういえば山形駅から仙台駅ってほぼ緯度が同じ。バスで1時間20分ほどで繋がるのね

そんなことを話しながら目指す蔵王のバスに乗り込みました。

町を通り抜けるとバスは山を登りだします。

するとほどなく

道をまたぐ大きな赤い「鳥居」があり

そこから本格的な上り坂となっていきます。

鳥居は、地元の人々の山岳信仰の印。

自然とバスの座席にて手を合わせ一礼。

f:id:habbule-no-neko:20260208220928j:image

40分ほど乗ると

蔵王温泉バスターミナル駅に到着です。

f:id:habbule-no-neko:20260208220931j:image

目的地の山頂にはロープウェイで向かいます

ロープウェイは何種類かあり

どの高さまで乗るかで料金が変わります。

またスキー客用にもチケットがあり

ややこしくって。

そこで、構内の案内所に相談に伺いました。

樹氷が見たいと思っていましたが係の方曰く

樹氷が見れるのは2月頃とのこと。

そこで中央ロープウェイで上がれる

最初の山頂まで登ることにしました。

f:id:habbule-no-neko:20260208220932j:image

標高の高さに、空の蒼さも変わります。

これは

空気が薄くなることで、光の散乱が抑えられ

漆黒の宇宙の色が近く感じられるから。

宇宙から見たら

小さな凸凹だろう日本の山々ですが

それでもこんなに空の色が違う事に

いつも、感動を覚えます。

薄い薄い大気の膜のなかに

命を繋ぐ私たち。

山の空の蒼さに、生命の奇跡を想います

f:id:habbule-no-neko:20260208220934j:image

駅を出て少し歩いたところにロープウェイの乗り場があるそうで、歩いて向かいます。

f:id:habbule-no-neko:20260208220941j:image

チケットを買って、乗り込むと

f:id:habbule-no-neko:20260208220943j:image

空中を飛んで一気に山頂まで!

f:id:habbule-no-neko:20260208220945j:image

この日は、テレビクルーの方が撮影に来られ

テレビマンもイチオシの絶景日和です。

f:id:habbule-no-neko:20260215223447j:image

ここからは眼下に見下ろす雪の世界を

お楽しみ下さいませ!

f:id:habbule-no-neko:20260208220948j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208220950j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208220953j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208220955j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208220957j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221005j:image

右 左っ前前、いや、後ろ〜とあちこち撮影 そうこうするうちに、山頂の駅に到着です。

f:id:habbule-no-neko:20260208221006j:image

「鳥兜(とりかぶと)駅」

鳥兜山の駅なので鳥兜駅。

山の名前の由来は、山の形状が伝説上の霊鳥である鳳凰(ほうおう)の兜(頭部)に似ているから。

f:id:habbule-no-neko:20260208221010j:image

駅を抜けると私たちが見たかった樹氷の説明がありました。

樹氷とは、「海老のしっぽ」などと言われ

強い風で葉や枝についた雪が風上に向かって海老のしっぽのようにギザギザとついている景色が有名です。

樹氷ができる仕組みについて説明している図解説すると、

日本海から湿気を含んだ風が

朝日連峰上空で冷やされ、雪片となり

日本海側で雪を降らせます。

山が遮るので、

盆地の山形では吹雪知らずとのこと。

けれど、その上空には

過冷却状態の冷たい湿気を含んだ空気が通りそれが山頂の木々に当たることで

樹氷が出来る、という仕組みのようです。

「過冷却状態」とは

水が零度以下になっても凍らず液体のままでいる状態のこと。

衝撃を与えると一気に凍りだす特徴がある。

理科の実験にあるやつですね。

f:id:habbule-no-neko:20260208221012j:image

私の美しい友。登山大好物の彼女が見たら

「鎖場!」と目がハートになりそうな

険しい山々の数々が紹介されています笑

「蔵王」は、宮城県と山形県の県境に連なる複合火山群で蔵王連峰と呼ばれます。

蔵王の名前の由来は

昔、役小角(えんのおづぬ・行者)が奈良の吉野から勧進した、金剛蔵王大権現をお祀りしたことから蔵王となりました。

最高峰は熊野岳で1841m。

火口湖の「御釜」はエメラルドグリーンの湖として、登山者の間で有名です。

駅を出たところにすぐカフェがありました。

暖かな空間に誘われますがまずは雪景色!

f:id:habbule-no-neko:20260212162719j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221015j:image

カフェのベランダから。

1387は鳥兜山の標高。

先ほどのカメラマンの方も

ここで、美しい景色を撮影されていました。

f:id:habbule-no-neko:20260208221020j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221024j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221028j:image

ベランダから小さな雪道を抜け

ちょっとだけトレッキングします。

f:id:habbule-no-neko:20260208221029j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221032j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221036j:image

すると

f:id:habbule-no-neko:20260208221037j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221039j:image

ちょっとした樹氷が見れました!

f:id:habbule-no-neko:20260208221041j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221043j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221048j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221050j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221051j:image

誰かによって作られた雪の塊は

雪だるまとなって

雪景色を眺めることが出来たようです。

私たちも、凍えた雪だるまに変身する前に

カフェで美味しいランチを頂きます。

f:id:habbule-no-neko:20260208221055j:image

卵サンドと洋梨のタルト。

ビールをシェアして眺める絶景!シアワセ。

話題は、今から行く温泉選びです。

蔵王温泉には幾つも入浴できる施設があり

公共のものから立派な旅館のものまで様々。

立派なお風呂もいいけれど

やはり地元の方々の気持ちになりたい!と

公共浴場を訪れることにしました。

f:id:habbule-no-neko:20260208221131j:image

そうなると、次は早く温泉につかりたい笑

ロープウェイで一気に下ります。

f:id:habbule-no-neko:20260208221130j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221134j:image

崖を見上げ、雪の世界に別れを告げます。

圧倒的に美しい雪の景色。

本当に最高のお天気に恵まれました。

f:id:habbule-no-neko:20260208221135j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221138j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221146j:image

降りる間際、下で雪遊びをしていた小さな子どもたちがこちらに手を振ってくれました。

さて、身体は冷えきっています。

温泉へ急ぎましょう。

f:id:habbule-no-neko:20260212151852j:image

すると道すがらこんな標高にもマンホール!

これは江戸時代、山形でたくさん栽培されていた紅花(ベニバナ)をあしらったもの。

市の花でもある紅花は口紅や染料として高価に取引きされていました。

現在山形で有名な花笠まつりで踊り手が持つ花笠にも、紅花があしらわれています。

f:id:habbule-no-neko:20260212151853j:image

温泉マークの蓋。

この下を温泉が流れているのでしょう。

メンテナンス用の蓋のようです。

紅花と並んで取引されていたのは湯の花。

温泉成分の湯の花は江戸時代、「薬品」として遠く大阪・京都までも流通していました。

古くから名湯として名高い「蔵王温泉」。

ここでその温泉についてご紹介致しましょう

その歴史は古く、西暦110年!

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の東征に従軍した吉備多賀由(キビノタカユ)が毒矢に射られた傷を治したことが温泉の起源とされています。

なんと、開湯1900年!!

神話の時代なので開湯「伝説」ではありますが、強酸性の硫黄泉である蔵王の湯。

正直、

蔵王から戻ったあともダウンコートについた匂いがその後何日も匂うほど強い効能があり

毒矢の傷くらい2・3日あれば治るだろうな

という確信を持つ、ほどには匂います笑

ちなみに

強酸性とはどれくらいかというと

レモン果汁、もしくは胃液くらい、らしいw

蔵王温泉の効能は、

蔵王の名前の由来となった修験者たちの身体を癒すものでもあったそうです。

今は地域の住民の方々の健康を支えており、公共の湯は三カ所あります。

そんななか私たちが選んだ最初の温泉は

「川原湯共同浴場」

ここは空気に触れると酸化が始まる強酸性の蔵王の湯を、湯船の足元から取り入れ空気に触れさせず湧き出した状態の温泉そのままに入れるようになっている施設。

f:id:habbule-no-neko:20260212164832j:image

この建物の周りだけ自然に雪が溶けています

f:id:habbule-no-neko:20260212164833j:image

お湯は透明だけれど、底は湯の花と言われる温泉の成分で乳白色。

この強烈に効能のある蔵王温泉に入るには、注意点がいくつかあります

それは、

アクセサリーは変色するので外すこと。

肌の弱い人は上がったあと、温泉成分をよく拭き取ること。

目を痛めるので顔を洗う際は、目に入らないようにすること。

喉や消化器官を痛めるので絶対に飲まない事

繰り返しますが、胃液と一緒ですから。

f:id:habbule-no-neko:20260212164835j:image

そして、入口には料金箱。

小銭の用意は必須です。

f:id:habbule-no-neko:20260208221149j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221150j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221154j:image

車で来た方のための案内もありました。

f:id:habbule-no-neko:20260208221157j:image

扉を開けるとすぐ脱衣所。

その奥は、すぐお風呂です。

洗い場などはなく、

お湯をかけて体を清めて入ります。

川原湯のお湯は熱め。

地元の方と一緒になり話しかけられましたが途中から方言が分からず

「世界言語」である笑顔で交流しました。

勉強不足で申し訳ない。。。

浴場は、公共の湯ならではの

男湯女湯の壁の上が抜けた構造。

主人から、そろそろど〜う?と声がかかり

は~いと応えて同時に出ます。

浴場に時計がないのでこれはいいシステム。

f:id:habbule-no-neko:20260208221203j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221204j:image

街は手ごろな広さで

一日あればあちこち満喫出来そうです。

f:id:habbule-no-neko:20260208221205j:image

茶色の家の手前側面にながーい梯子。

あれはもしや、雪おろし用なのかしら。

あの屋根の高さの雪おろしは恐怖です。

f:id:habbule-no-neko:20260208221208j:image

さて、次に来たのはほど近い「上の湯」。

f:id:habbule-no-neko:20260208221209j:image

裏手に水車が復元されており、

かつては蔵王権現に豊作を願って供えられた「稲花餅」(いがもち)の材料である米を挽いたりしていたそうです。

稲花餅とは、

白い餅の上に黄色に染め稲穂に見立てた餅米を数粒あしらった饅頭。

近くで売られていたのでしょうか

この時は知らず食べそびれました。

そこから山手を見上げると鳥居があります。

f:id:habbule-no-neko:20260208221217j:image

「酢川温泉神社」

f:id:habbule-no-neko:20260208221218j:image

f:id:habbule-no-neko:20260208221220j:image

酢川とはナイスネーミングです。

6月にはお祭りがあるらしいこの神社。

地域の温泉の守り神的な存在のようです。

「上の湯」も同じような造りで掛け湯をして湯船に浸かります。

川原湯は熱かったけれどこちらは適温でした

湯船のヘリにサウナマットをしいて頭を乗せ

しばし、目を閉じてお湯の音だけを聴く時間

温泉のある町に住むってどんな気分だろう

だけど、これだけ個性の強い温泉ならきっとメンテナンスも大変なんだろうなぁ。

しばし蔵王民になった気持ちで想いを巡らせました。

f:id:habbule-no-neko:20260219155250j:image

さぁ、少しお腹も減ったことだし

なにより滅菌処理を終えた身体が、

体内のアルコール消毒を求めています。

ということで「山形酒のミュージアム」へ。

f:id:habbule-no-neko:20260219155253j:image

日本酒の圧がスゴイ!

スタンディングでちょいと引っ掛けることも出来ます。

f:id:habbule-no-neko:20260219155254j:image

小さなアテと日本酒を飲み比べ。

湯上がりに日本酒が沁みます。

f:id:habbule-no-neko:20260219155257j:image

f:id:habbule-no-neko:20260219163515j:image

店内を見て回っていると、

うん?この手ぬぐい、、、じーーー、あい

え?!これGIじゃない?

と、日頃農林水産省のYouTubeを贔屓にしている私が発見!主人に

ねぇ!コレコレ!ジーアイだよねっ

ジーアイってナニ?と聞く主人に説明していると、丁度説明書きが置いてありました。

f:id:habbule-no-neko:20260219155301j:image

「GI(Geographical Indication)」

地域特有の品質を持つ産品を保護するブランド制度。

簡単にまとめると

これって昔っからここで作られてるよね

この地域の独特の特性を活かしてるよね

というものを特産品として知名度を上げたいたくさんの人に買ってもらいたい!

という時に、農林水産省に「GI産品」として認定してもらうシステム。

そうすると由緒正しい産品だということで、消費者も安心して買うことが出来る。

ただし、認定には様々条件があり

地域ならではの風土、伝統的な製法などと密接につながっていることを証明する

また、現在も一定の定めた方法によりそれを続けられる基盤があり、一定期間その生産が続けられている

産品の名称が産地と特性を特定出来る

などなかなか厳しい条件をクリアしなければなりません。

それだけに、

スーパーで「GI」と書かれたシールがイチゴや干物などに貼られているのを見ると、私は

あぁ〜、このシールを手に入れるために

どれだけの農協漁協の人たち、生産者の方々、都道府県の職員の人たちが資料を集めまとめ上げ、霞が関に通い詰めたのだろう

と想いを馳せ、ちょっぴり魚売り場で涙ぐむのです。

ふ~ん、と少し引き気味の主人相手に

GIについてアツく語り、満足した私。

店を出ると外は夕暮れのはじまり。

山では太陽の光の差し方で一日のおしまいが告げられます。

f:id:habbule-no-neko:20260219155304j:image

バスの時間まで、もう少しあります。

f:id:habbule-no-neko:20260219155305j:image

蔵王温泉駐在所。中央の顔みたいなの。

口がアイーンとなっているのは、絶対狙っていますよね。

f:id:habbule-no-neko:20260219155308j:image

商店でアイスといぶりがっこおかきを購入。

これで私はこの旅の間中いぶりがっこおかきの虜となり見つけては買うことになります。

f:id:habbule-no-neko:20260219155309j:image

今さらですが駅前でスキーコースなどの案内がありました。

初心者から上級までいいスキー場。

f:id:habbule-no-neko:20260219155311j:image

帰りのバスはまぁまぁの人数でした。

f:id:habbule-no-neko:20260219155312j:image

f:id:habbule-no-neko:20260219155314j:image

行きに撮りそこねた鳥居が撮影出来ました。

もうすぐ山形駅到着。

と思いバスの車内でJRの運行状況を確認すると、なんと事故で山形新幹線が全線ストップすでに止まってから4時間ほど経過しており、復旧の見込みが未定とのこと!

それは大変困ったことになりました。

というのも、

山形新幹線は一部区間を在来線と同じ線路を走っている為代替の移動手段がバスしかなく

今日は、今からもう一度福島県の郡山駅まで戻らなければならないのですが

山形駅から郡山行きのバスなんてないし

これは緊急事態です。

山形で1泊するか。

けれど着替えも何もかも郡山のホテルに置いてきました。

と、主人が

そういえば仙台駅までバスが出てたな、と。

そういえば蔵王行きのバスを持っている時に仙台行きのバスの話をしていました!

着いたら仙台行きのバス停まで走るぞっ!

ということで、バスを降りるや猛ダッシュ。

駅には再開されるかもと期待する人で溢れていましたが、私たちはバス移動で座ることを目標に走り続け、一番に並んで仙台行バス乗り場へ。

案の定、次第に仙台行きのバス乗り場は混んできて、その後は大層並んで満席にて出発。

こういう時の思い切りの良さって大事だなと今回のトラブルで学びました。

f:id:habbule-no-neko:20260219155316j:image

f:id:habbule-no-neko:20260219155318j:image

1時間半ほどで仙台駅に到着。

市街地がたくさんの人で、何かあるのかしらと調べると「SENDAI光のページェント」というイルミネーションのイベントが開催されているとのこと。

明日は仙台宿泊なので、見に行こうか!と、事前情報も知ることが出来ました。

f:id:habbule-no-neko:20260219155319j:image

仙台駅に無事到着し、安堵。

ここまでくれば新幹線で郡山駅まで帰れます

f:id:habbule-no-neko:20260219155322j:image

ホッとして疲れた体に山形駅で美味しかったずんだシェイクをもう一度。笑

ずんだシェイクはお店によって味が違うと聞いています。

山形駅では「ずんだ茶寮」のシェイクを頂いたので、ここでは「お茶の井ケ田 喜久水庵」のずんだシェイクを購入することにしました

こちらの味は、ミルキーで甘い。

個人的にはずんだ茶寮がお気に入りでしたが疲れた身体に、喜久水庵が沁みました。

f:id:habbule-no-neko:20260219155323j:image

晩ごはんはせっかくの仙台、

牛タン弁当を買いたかったのですが、大行列

f:id:habbule-no-neko:20260219155329j:image

結局、新幹線の宴は牛タンスライスとおかき

ビールで乾杯となりました。

f:id:habbule-no-neko:20260219155328j:image

流れる車窓に、帰れて良かった〜としみじみ

f:id:habbule-no-neko:20260219155332j:image

無事、郡山駅に到着。

お腹ペコペコだけど、疲れました。

商店街で何か食べようかとアーケードの看板にもなってる中華料理「珍萬」を目指しますが、貸切で断念。

f:id:habbule-no-neko:20260219155336j:image

仕方なく、口が中華だったので笑

こちらのお店に行きました。

f:id:habbule-no-neko:20260219155335j:image

けれど、こちらのお店も大変美味しく

店内は若者でいっぱいでした。

お腹いっぱいになると一気に疲れが出て。。

長かった3日目も、なんとか終了。

どうして

私たちの旅はいつも合宿みがあるのか。笑

けれど弱音を吐いてはいられません。

明日は盛岡、平泉、そして仙台の夜を楽しみます。

全力で。全力で、楽しみますっ!